第4章 優柔と懐柔
トイレにつくなり、吐く内容物なんて残っていないは、ひたすら胃液を吐いた。
赤井は背中をさすり続ける。
『もっ、大丈夫…ごめん…』
水の入ったコップを渡されうがいをする。
朝から2度目のフラッシュバックに、はグロッキーだった。
立ち上がろうとすると足元がふらついて、横抱きにされてソファーに優しくおろされた。
『…御見苦しい所を…本当にごめん。ありがとう』
「気にするな」と赤井は言うものの…、吐く姿を見せるのは女としてどうなのかと…。
「具合は?」
吐き気はやんで、頭痛も軽くなっていた。
今回は頭痛薬は必要なさそうで少しだけ安堵する。
『たぶん大丈夫…、でも吐いたのははじめて…』
「恐らくフラッシュバックが引金になったのだろう」
『話の続きを…』と赤井に促す。
「黒のポルシェ・356Aに乗る男がジンだ」と話を続けた。
組織の幹部で、狡猾なうえに頭はキレるが、先を考えずに行動する面があり、さらに残虐性もある。
の見た夢はたしかに記憶で、打たれたものは自白剤で、当時組織に潜入をしていたライが運良く救出できた事。
その後は半年ほど保護されていたけれど、ある日こつ然と姿を消した、と先日聞いた話と繋がっていた。
深い仲と言われた事は、やはり間違いでは無かったようで、覚えていなかったとはいえ再会当時の失礼な態度を思い返した。
『何かもう…、本当に色々とごめんなさい』
「勝手にした事だ、気にする必要はない」
『赤井さんは命の恩人だったのね…、ありがとう』
夢の中の自分は赤井が現れたときに、絶対的な信頼を感じて安堵していた。
"私"の感じたその感情を拭えずにいる。
自身の記憶なのだから当たり前の話だけれど、の中ではいまでも"私"と私の間に、どこか微妙な線引きがされているのだ。
降谷のときとは違って、彼のことは、彼と接することで自分で選んだつもりだ。
しかし赤井に関しては、"私"の感情があまりにも強すぎていて、ひとつに溶け合ってしまいそうな感覚にはひどく戸惑った。
赤井にブランケットをかけられた。
「少し休むといい」
あたたかくて大きな手のひらが頭をなでた。
どこまでも優しい男には安堵する。
急な脱力感に逆らわずに、そっとまぶたを閉じた。