第4章 優柔と懐柔
考えることを放棄して眠りについたけれど、目を覚ましたのは深夜2時過ぎ。
身体がべたついていて気持ち悪くて、シャワーを浴びにバスルームに向かった。
閑静な住宅街だから、この時間は耳鳴りがしそうなほど静寂だ。
リビングのソファーには沖矢が座っていたけれど、無視をした。
彼からも声はかからなかった。
シャワーを浴びてすっきりした身体と、どうにもならない翳ったものが頭をぐるぐるしている。
なぜ、いつから、どうして。
冷水を少しだけ浴びて、自身を落ち着かせた。
このまま避けていても、何の解決にもならない。
沖矢がまだソファーに座っていたら、話をしようとシャワーをとめた。
身体を拭いて、髪を乾かして、ジョディチョイスの服を着る。
ミネラルウォーターを手に、ソファーに腰を掛けた。
『いつから?』
沖矢はこちらに視線を移すことなく、話し始めた。
「記憶を失う前から知っていた」
その頃は、組織に属していたはずだ。
それをなぜ…と、考えるまでもなかった。
『あなたも…組織の人間だったのね』
「今は君と同じ、追われる身分だがな」
それであの変装をして、身分を偽っているわけだ。
『あなたもお酒の名前だったの?コードネーム』
「ライ」
聞いたことのある、自身が口にしたことのある名前だと思い出した。
あの列車での1件、胸を叩きながら確かにライと呼んだ。
『あなたのコードネーム、1度口にしたことがあるわ』
「潜在意識だろうな」
覚えていないことや知らないことを、ふとした瞬間に口にすることはあった。
彼の笑顔を見た時もそうだった。
ふいに零と呼んでいた。
『あなたは降谷を知っているの?』
「公安のゼロ、降谷零」
FBIの関係者なら、彼の正体を知っていてもおかしくはないのかもしれない。
しかしゼロとは何だろう、彼からは公安としか聞いていない。
『ゼロ…?』
「潜入捜査と言えば伝わるだろう」
日本警察において潜入捜査が許される権限を持っている、ということか。
『それで彼も組織への潜入捜査を…?』
「そういうことだ。だが…我々の見立てでは降谷君にはグレーだ」
あの列車での1件を引き合いに出せば、反論はできなかった。