第4章 優柔と懐柔
香りまで感じた夢の正体は、夢ではなかった。
ラッキーストライクの香りは沖矢のもので、もしかすると、あの夢も。
『やめて…、お願いっ…』
言葉ではやめてと言えても、あまりにも巧みすぎる揺さぶりに、身体はのぼりつめていく一方だった。
彼への罪悪感と、目前に迫りくる快楽に判断がつかない。
唇を噛み締めてみても、与えられる快感に声は漏れてしまう。
大きな手が視界を塞いだ。
耳元で艶っぽい声が囁く。
「あの夜のように、降谷君だと思えばいい」
心臓が痛いほどに跳ねた。
彼の名前を囁かれるのと、のぼりつめてしまったのはほぼ同時だった。
なぜ、なぜ、彼の本名を知っているのか、一体いつから。
塞がれたままの視界に、ちかちかと白い火花が散った。
鼻にかかった喘ぎ声がとまらない。
『あっ…、な、んでっ…』
唇も塞がれて、ラッキーストライクの香りが鼻腔をつく。
あの夜も沖矢に抱かれて、今も抱かれている。
1度目は不可抗力、でも今は違う。
取り返しのつかないことをしてしまった。
揺さぶりが激しくなって、自身を穿っていたものが引き抜かれると、お腹あたりに温かなものが2度3度と放たれた。
荒い呼吸とは裏腹に、体温は急速に冷えていく。
『なんで…こんなこと…』
「伝えただろう、深い仲だったと」
『それは、私じゃない…。私は、知らない…』
沖矢もまた、"私"のことを愛したのだろうか。
でもそれは私ではない。
『私は彼を…』
「知っている」
『いつから…』
沖矢は答えなかった。
目を覆っていた手が離れたけれど、現実を直視するのが怖くて、目を開けることができなかった。
沖矢は部屋を出ていった。
身体には沖矢の放ったものがそのまま残されていた。
雑に拭って布団にくるまった。
心底疲れてしまった。
今日は何も考えたくないとは目を瞑った。
明日、明日きちんと考えるから、眠ることを許して欲しい、自身に言い訳をして眠りについた。