第3章 予兆と微票。
部屋の前に着いてから『それでは』と伝えて個室に入った。
室内は、進行方向を向いた長椅子と、窓際に小さなテーブル、それとこぶりな開閉式の洗面台が置かれている。
レトロなSLの雰囲気を壊さない、クラシックな装いだ。
1人で使うにはとても贅沢だ。
部屋の外は少し騒がしくて、子供の声も聞こえる。
発車前の車窓は代わり映えのしない東京駅のホームで、手持ち無沙汰を感じてしまう。
発車まで探索してみようと部屋を出た。
「あら、ごめんなさい」
女優帽を目深に被った女性とぶつかりそうになってしまった。
『こちらこそ、ごめんなさい。お怪我は?』
「あら〜、大丈夫よ〜」
帽子のツバからちらりとのぞいた顔は、かなりの美人で、雰囲気がとてもやわらかくて上品に思えた。
もう一度お互いが頭を下げ合って背を向けると、背後で扉の開く音がする。
まさかの沖矢の部屋だ。
連れが1人、あんなに美人だったとは思いもよらなくてついつい驚いてしまった。
しばらく呆けていると、発車時間になり一度部屋の中に戻る事にした。
ミステリートレインの推理クイズはいつ始めるのかと待っていると、扉がコンコンとノックされた。
『はい』と返事をして扉を開けてみると、なぜか誰もいない。
足元には一通の封書が置かれていて、拾い上げて中身を確認する。
━おめでとうございます!あなたは共犯者に選ばれました。次の停車駅まで部屋を出ずに待機をしてください。
これは推理クイズが始まっていて、私に役割が与えられたということだろうか。
それにしても運営からの指示にしては、あまりにも雑に感じてしまった。
これでは軟禁だ。
ふぅとため息をついてから長椅子に腰を掛けた。
しかしながら生理現象には抗えない。
トイレに行くために部屋を出た。
後続車へ移ると、正面に少女が見えたけれど、視界を遮るように手前の部屋の扉が開かれた。
ほんの一瞬、自分を意識した少女が、ひどく怯えたように見えた。
背後を見ても誰もいない。
今この廊下にいるのは自分と、扉の向こうにいる誰かと少女だけだ。
子供に恐れられるような容姿は、決してしていないし、どちらかと言えば驚くほど美人だ!と心のなかで力説する。