第3章 予兆と微票。
視界を遮っていた扉が閉められると、黒い衣服を身に包んだ顔に火傷のある男が現れた。
少女の目は、その黒づくめの男に注がれていて、滲ませているのは恐怖だ。
男は少女を振り返りながらこちらへ向かってくると、ほんの一瞬、動揺を見せた。
少女に怯えられ、どちらかと言えばカタギには見えない男に動揺され、なんだか苛立ってしまった。
少女に苛立ちをぶつけるわけにはいかず、すれ違うまで男を凝視し続けた。
それは相手も同じようで、から視線を逸らすことはなかった。
『ねぇ、大丈夫?』
青ざめたまま、すでに男の姿が消えた廊下を見つめ続ける少女に声をかけた。
『具合悪い?お父さんかお母さんは?』
こちらに反応をしない少女に今一度声を掛けた。
ようやく視線をにあわせた少女が反応を見せた。
「え、あ、大丈夫」
『大丈夫そうには見えないけど…』
「あなたは…」
あなたはと聞かれているのは名前だろうか。
ここは得意の自己紹介でもして場を和ませてみよう。
『私は、商店街の福引でベルツリーのチケットを手に入れたツイてるお姉さんです』
「商店街の…福引…?」
『そうなの、買い出しの時にオマケにもらった福引券で!すごいでしょ?』
笑いかけると、少女もふっと息を吐いて、顔色もほんのりと良くなったようだ。
「私は…灰原哀。福引ってすごいわね」
『強運よね!』
「ええ、本当に。ありがとう、私は大丈夫よ、友人と来ているの」
怯えていて不安そうな少女かと思いきや、会話する雰囲気は同世代のそれに思えた。
すっかり落ち着いたようで、挨拶をかわしトイレへと向かった。
しかし、あの男は何かが気にかかる。
少女は明らかに怯えていたし、男も少女とを意識していたように感じた。
それに、すれ違い様に男からスパイシーな香水の香りがした。
どこかで嗅いだことのある香りだと、確かに感覚が訴えている。
"私"なら答えを知っているかもしれない。
神妙な面持ちで用を足し、洗面台の鏡に映る自分を眺めた。
何も答えてはくれないけれど、怯えられたり動揺されるような要素はないほどに美しかった。
美しすぎて動揺されたのかも…と、このところ少しだけ自意識過剰になっている自分を反省した。