第1章 記憶と感覚。
いつまでも見とれているわけにはいかない!
はっと、我に返る。
顎に親指、唇に人差し指をあてて、しばし考える。
『…これって記憶喪失ってやつ?』
ならばなぜ、そのような事態に陥ったのか。
探ったところで何も思い出せない。
昨夜の夕飯とか、何時に寝たとか、初期化したスマホのような気分だ。
『スマホ!!!』
ローテーブルに無造作に置かれていたバッグを漁ると、スマホと財布と、キーケースと鍵がひとつ。
『あぁぁ、あったぁ…』
さっそくスマホを確認する。
『なんで…?』
まるで買い替えたばかりのアプリケーションも入っていない、まっさらな中身に泣きそうになる。
メールボックスは空っぽ。
しかし、アドレス帳にたったひとつだけ登録先があった。
『毛利、探偵事務所??』
自身と関わりのある場所なのか、または関わりのある人がいるのか、それをどう確認をすれば良いのか。
通話をかけたところで、名前さえ伝えられない。
『名前…、あ!!』
財布に手を伸ばした。
自身の手がかりがあるのではないだろうか。
『免許ーーー!』
免許証には、鏡に映った自分と同じ顔の証明写真が貼られていた。
ということは、これは自分の運転免許証なのだろう。
『、…』
印字された名前を見ても、口に出してみても、馴染はない。
しかしながら公的な証明だ、これは自分の名前だ。
『年齢は…』
スマホの日付から割り出した。
『24歳』
私はどうやら、 、24歳らしい。
自身の情報を得られたことは大きい一歩だ。
さっそく毛利探偵事務所に電話をかけた。
電話をかける行為が、こんなにも手に汗握るものだとは思わなかった。
「はい、毛利探偵事務所です」
若そうな女性の声。
『あのっっ、です』
少しだけ声がうわずってしまった。
「さんですね…、ご依頼でしょうか?」
『え…』
「え?」
そうくるとは、まったく予想していなかった。
ならば、直接足を運ぶまでだと、シフトチェンジをする。
『ごめんなさい、依頼をお願いしたいのですが』
「はい、ありがとうございます。父が不在なので…、折り返しても?」
『はい、よろしくお願いします』
慌てて自分の携帯番号を調べる。
ファーストコンタクトは、とても事務的に終わった。