第1章 記憶と感覚。
事務所に着くと、蘭がお茶を淹れてくれた。
『蘭ちゃん、しっかりしてるよね。私が学生のころは…』
そうか、その頃の記憶まで抜け落ちてしまっているのだと、今更ながら物悲しい気分になる。
自身の学生の頃はどうだったのだろう。
言いかけた言葉を飲み込んだの様子に、2人から心配そうに声をかけられた。
「さん、どうしたの?」
「具合悪いですか?」
『…ううん、何でもな…、くはないか…』
「?」
『あ、おトイレ借りてもいいかな…?』
「えぇ、どうぞ。奥にあります」
トイレに入り財布から例の紙を取り出した。
━━駐車場で待つ。
たった一言、なんとも色気のない手紙だ。
それを財布にしまいこんだ。
トイレを出ると、事務所には中年の男性がいた。
彼が毛利小五郎だろうか。
『あなたが毛利小五郎さん?』
「な、なんと美しいお嬢さん!私が名探偵の毛利小五郎です」
『、です』
「おお、お名前までお美しい!」
小五郎に握手を求められ挨拶をする。
何てことだ、これは。疑う余地もない初対面の挨拶だ。
毛利小五郎は、"私"のことを知らない。
「さて、ご依頼の内容は?」
『…"私"を探してほしいんです』
「「え?」」
目覚めてからの自身の状態を、説明できる範囲で伝える。
聞いていたコナンの表情は固くなっていた。
「なるほど、それでスマホに残されたここを頼りに来たわけですね?」
『はい、もしかすると手掛かりがあるのではないかと…』
「でも、記憶喪失なら警察に行ったほうが…」
ごもっともな助言に、警察は避けなければならない理由を思い浮かべて曖昧に微笑んだ。
「ところでさんて安室さんと知り合いなの?」
『…どうしてそう思ったの?』
「話が盛り上がったって言ってたから!」
『…わからないの』
唯一の手がかりであった"毛利探偵事務所"では得られるものがなさそうだった。
『さて…ここに手掛かりは無いようなので帰ります。ありがとうございました』
心ばかりの相談料を置き事務所を出ると、コナンが走ってくる。
「さん!何か分かったら連絡とりたいから番号教えて、って小五郎のおじさんが!」
『そうね、伝えてもらってもいいかな?』
「うん!」
コナンの目線に合わせて座り込む。
スマホをひらき番号を伝えた。