第4章 優柔と懐柔
降谷の仕事は多忙だ。
毎日帰宅できる訳ではなく、が自宅に戻った日から、2人出過ごす時間はほぼ皆無だった。
生存確認のような連絡はしばしば送られてくる。
彼が無事でいるならそれでいい。
その日は珍しく、朝からスマホが震えた。
時刻は6時半、登録されている人間は限られている上にこの時間だ。
何かあったのかと慌てて通話をタップする。
一瞬の間をおき、彼の声がする。
「おはよう、」
『おはよう。どうしたの?』
「これから時間あるか?」
『あり余ってるよ?』
「紹介したい人がいる」
彼からの通話に応じる時は、決して自分から先に言葉を発さない。
相手の出方を待つのは、潜入捜査や危険が伴う仕事のため、どんな状況かを先に伺う事に意味がある。
しかし紹介したい人とは誰だろう。
連れは1人で、1時間ほどで自宅に到着するという話だった。
通話が終わるや否や、頭をフル回転させタイムテーブルを作る。
朝だし朝食を用意した方が良いかもしれない。
炊飯ジャーをセットして、炊きあがる間にシャワーを浴びる。
テーブルに落ち着いたカラーのランチマットを二枚引いて、15分経過。
焼魚にはじかみ生姜、だし巻き卵と味噌汁に小鉢を3個、早々と作りおえて、30分経過。
ヘアメイクをすませて、15分経過。
完璧なタイムテーブルをこなして、お茶の準備にとりかかった頃にインターホンが鳴った。
見事なタイムテーブルだったと自画自賛は忘れない。
玄関で出迎えると、降谷と、あの日が銃口を向けた公安の風見がいた。
「部下の風見だ」
「先日はどうも、風見です」
『その節は…、です…』
挨拶を軽く済ませて、気まずさを残したまま席についた。
今後不測の事態が起こった時など、降谷が対応できない場合は風見に連絡をいれるという話だった。
番号を登録すると、あの逃走劇の時に着信があった例の未登録の番号が風見と表示された。
なんだか色々と気まずさは増してしまった。
今後お世話になる可能性のある人だ。
気まずいままでは支障をきたすかもしれない。
場の空気を変えようと朝食の提案をしてみる。
『朝食まだでしたら、食べていかれません?』
風見は「え」と声を上げた。