第4章 優柔と懐柔
が目覚めたのは、明けきれない夜と朝の狭間。
起き上がろうとすると、身体は痛んだ。
手錠は外されていて、傷の手当もされている。
『すごい噛み痕…』
自身の身体を観察してみると、そこかしこに歯型は残されているし、ガーゼも貼られている。
けれどこれしきの痛みはどうってことはない。
彼に与えてしまった心の痛みに比べれば、どうってことはないのだ。
噛まれた時は痛かったけれど、それ以上に、興奮を覚えた自身に驚いた。
それに少し犬歯の発達した、綺麗な歯並びの歯型でさえ、彼に与えられたものかと思うと愛しく感じてしまった。
そんな性癖と歪な感情が自身にあったとは、本当に驚きだ。
ベッド横にあるサイドテーブルには、ミネラルウォーターのペットボトルと、薬が置いてあった。
ペットボトルには水滴が浮いていて、底には小さな水溜りができている。
まだほんのりと冷やい。
薬は痛み止めとアフターピルが置かれているけれど、痛み止めだけを飲んだ。
部屋には人の気配はなく、降谷はいなかった。
携帯にかけてみても応答はない。
きっと良心の呵責に苛まれているのではないか。
彼をこんなに追い詰めてしまったのは、自身の裏切りだ。
興奮を憶えている場合ではなかった。
しかしながら身体がこんな状態では、おいそれと外出することすらままならない。
ポアロの勤務はどうなっているのだろう。
梓に連絡をとってみると、しばらく休業らしい。
といえば、一身上の都合で辞めたことになっていた。
現状を考えれば、ポアロでの勤務は難しく、これで良かったのかもしれない。
いずれ挨拶はしに行こうとは思った。
ポアロの出勤がないとなると、残すは自宅訪問しかない。
こんな時恋人同士なら、行き先のひとつやふたつ思い浮かぶものだろうか。
にはそれがなかった。
映画館の併設されたモールも、夜の海浜公園も1度しか訪れていない。
思い出の場所すらないことに、物悲しさを覚えた。
"私"にはそんな場所があったのだろうか。
はベッドに潜り込んだ。
せめて傷が癒えるまでは療養に専念しよう。