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【夏目友人帳】海底の三日月

第3章 昏蒙のアリス 後編


「主な要求はふたつと言いましたが、的場静司個人としては、そうですね…多少仲良くしてもらえると嬉しいですね」
「……」
「どの口が言う、と思ってますよね」
彼は自嘲的に笑う。
「私にとっても生涯の伴侶は君ひとりですからね。拒絶され続けるよりは、それなりに和やかに暮らせる方がいいとは思っていますよ。無理矢理閉じ込めておいてそんなことを求めるのが許されるとは思ってませんので、あくまでもただの希望ですが」
変わらず笑顔で話す彼を見て、この人も本当はままならない立場なんだなぁと思った。
単にそれを苦にしていないだけで。
「まぁ、今はお互いのことをよく知らないので、まだ希望くらいは持っていてもいいかなと」
こちらの表情を伺いもせず、さらりと言う。

「ああ、お互いのことを知る一環と言ってはなんですが、使用人に君の好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞いてほしいと言われていたんでした」
不意に思い出したように、的場さんが尋ねる。
「好きな食べ物は…甘いもの、プリンとか…」
好きな食べ物と急に訊かれても、思い浮かばない。
献立を考えるためだとわかっているのに、本当に気の利かない答えだったと思う。
「そうですか。私も甘いものは好きです」
質問意図を汲まない答えにもにこやかに返されて、少しホッとした。
「和菓子も洋菓子もですか?」
「和菓子も洋菓子もです」
聞いてはみたものの、それ以上話を広げる技術が私にはなかった。

「嫌いな食べ物は…ムースが苦手です」
嫌いな食べ物も考えてはいたけれど、結局思い浮かばなかった。
「ムース?お菓子の?」
「え?…お菓子じゃなくて…エルク」
両手の親指を自分の側頭部に当てて手を開いてみせる。
「エルク?」
「えーと…日本語だと、ヘラジカ?あとビーバーも苦手です」
「ヘラジカ…ビーバー…どちらもここで食卓にのぼることはないかと思いますが、そもそもビーバーって食べれるんですね」
彼は可笑しそうにクスクスと笑う。
いつも笑っているけれど、こういう笑い方は初めて見た。
「たまに近所の人から頂いたり…もしかしたら、クマとかイノシシとか野生動物系があまり好きでないのかもしれません」
「ここは田舎ですが、狩猟を嗜む者が周りにいないので、クマもイノシシも食卓にのぼらないかと思います」
ということは、裏の森にはクマもイノシシもいるのかもしれない、入らなくてよかったと思った。
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