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【夏目友人帳】海底の三日月

第3章 昏蒙のアリス 後編


目を開くと、見たことのある天井。
最初の日に寝かされていた部屋。
銀色のスタンドに点滴。
細いチューブが左腕まで繋がっている。

「目が覚めましたか?」
右側を振り向くと、壁に寄りかかって的場さんが座っていた。
「ハンガーストライキもほどほどにして下さい。脱水だそうですよ。しばらく横になっていた方がいいと」
左腕を上げて見ているうちに、彼は一度立って私の近くに座り直す。
「…はい」
根本にあるのは精神的ストレスと眠気だけれど、それは指摘しないことにした。

あれからどれくらい経ったのだろう。
的場さんは座敷牢に来た時と違う着物を着ている。
あの場で何か呪文を復唱させようとしていたところまでは覚えているけれど…
何か、色とりどりの夢を見ていた気がする。
やっと、目が覚めた。

「怖いですか?」
「……」
本当は考え込んでいただけだけれど、怖いのは事実なので、ただ頷いた。
「怖がらなくても、大丈夫ですよ」
怯えているように見えるのだろうか。
あれだけ容赦なく脅していたのに、私の頭を撫でる手は優しい。
「何度も言ってますが、逃げたり抵抗したりしない限り、手荒なことはしませんよ」

「翼の力を取らせてもらうのは痛いでしょうけれど、妖怪に目を付けられにくくなるので、君の方にもメリットはあります。極力短時間で済ませますし、怪我をしないよう配慮もします」
たしかに、妖怪に目をつけられやすい自覚はあった。
高校がカトリック校で敷地に聖堂やマリア像があるためか、あまり妖怪が入ってこないようだったけれど。
「跡継ぎに関しては、君はまだ未成年ですし、本当は今すぐどうこうということは考えてませんよ」
…光源氏的なかんじだろうか。
いや、私がフリーでいることが、祓い屋業界全体にとって厄介だということなのかもしれない。
「こちらからの主な要求はそのふたつです。他にいろいろ頼むかもしれませんが、無理強いする程のことではないので、嫌なら断ってくれて構いません。聞きたいこともありますが、基本的に言いたくないことを無理に喋らせる気もありません。自由は与えてやれないけれど、生活に不自由はさせません。こんな条件でいかがでしょうか?」
いかがでしょうかと言われても、結局こちらに選択権はない。
「……」
いいとも、嫌とも、言わないことを選択した。
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