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【夏目友人帳】海底の三日月

第2章 昏蒙のアリス 前編


民家はあまりない。
人も見当たらない。
『妖怪に追われている』なんて言えないから、そもそも人に助けを求めることもできないけれど。

駅が見えた。
どこに行きたいわけでもないので、上りでも下りでもここから離れられればそれでいい。
ホッとしたのも束の間、時刻表を見ると、電車はあと40分以上待たなければ来ないようだった。
駅舎にもホームにも誰もいない。
電車を待つのは目立ちすぎる。
そもそも電車の乗り方がわからないことに今気がついた。
私は、行けない…
帰る場所もない…

白面の妖怪が4人、走ってくるのが見える。
「銀三郎、比嘉崎市に…」
囁くように言葉にすると、私の影から猫の形の影が出てきて、線路の上ですぅっと消えた。
ああ、行ってしまった…
私は、行けない。
駅に背を向けて、また走り出す。
走り出してから、思い出した。
私はこの駅を知っている…

白面の妖怪が追ってくる。
足が速い。
妖怪ならば神社には入りにくいかもしれないと、52mほど先の石の鳥居に向かって走る。
こんなに走ったのは、いつぶりだろう…。
ーー夕闇が迫る茜空の下、走って、走って……ーー
白面の妖怪の黒い手が肩に迫るのが視界の端に見える。0.5秒遅れて、白い翼が黒い手を振り払う。
転びそうになりながら、石段を2段上がって、石の鳥居の内側、長い階段に続く石畳に足を踏み入れる。

後ろを振り返ると3人の白面が鳥居の外側に立ち止まっている。
入って来られないのか…。
境内に続く石段を登ろうと再び前を向いた瞬間、
「お疲れさま。おっとりしたお嬢様かと思ったら、意外と素早いんですね。そして、綺麗な翼ですね」
目の前に番傘をさした的場さんが立っていた。
的場さんの2mほど後ろには同じような番傘を持った男の人が2人。

「神社に逃げ込むという対処法は、妖相手にはそれなりにいい線いってますが、本能的に避ける傾向にあるというだけで、この式たちは命じれば境内にも入れますよ」
残念でした、というふうに綺麗に微笑んで、右手で式に何か合図を送る。
後ずさるように1歩下がった瞬間、白面の妖怪2人に体を押さえ込まれて身動きが出来なくなる。
何か甘い香りがする…と思った2秒後に、視界が真っ暗になった。
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