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【夏目友人帳】海底の三日月

第2章 昏蒙のアリス 前編


ほっとすると同時に思考が現在の状況に引き戻され、目の前にいる彼が、事前に叔父と叔母から聞いていた『妖祓いの大家をまとめる当主』なのだろうかと、思い至る。
だとしたら、想像より若そう。
歳の頃は20代半ばほどに見えるけれど、落ち着いた雰囲気と『日本人若く見える論』を踏まえるともう少し年上かもしれない。

それより…
「…お母さんの親戚ですか?」
そう、『あんたの母親の親戚らしいよ』と叔母さまから聞いている。
「ええ、そうですよ。ただ、聞いているとは思いますが、親戚として引き取ったのではなく、婚約者として結婚前に早めに来てもらったと思っていてください」
「……」

ーー「何があったんだ」
  「見たのだろう」
  「何も忘れないのだろう」
  「何故お前の母親は死んだのだ」
  「何故話さない」
  「何故証言しない」
  「何故、何も気づかなかった」ーー

ああ、何故私は…。
そう、お母さんの実家・草摩家の人達の言う通り…
何故、私は何も気づかなかったのか…。
反芻される記憶から逃れるように、布団を強く握りしめる。頭の中の声は収まらない。

「そんなに怯えなくても、逃げたり反抗したりしない限り手荒なことはしませんから」
穏やかな声音に思考が現在に引き戻されたけれど、言葉の内容が穏やかでないことには2秒遅れて気がついた。

この人は、私に何をさせたいんだろう?
「草摩の人みたいに…」
本当は起き上がって話をすべきなのだろう。
でも、答えたくないことを訊かれたらと思うと、起き上がることができず、布団から顔を半分出して尋ねる。
「的場一門は草摩のように力が弱くはない。だから何日も拘束して搾取するようなことはしませんよ」
彼は人当たりの良い笑みを浮かべてさらりと言うが、それは単に「何日もは掛けない』ということ。

ああ、翼の妖力が目的か。結局、痛いことをするんじゃないか、と思ったのが半分。
証言をするように言われなくてホッとしたのが半分。

目を覚ました時に『おはようございます』と言われたので朝だと思っていたけれど、前日下校した時から丸一日眠っていたらしく、もう夕方だった。
せめて、妹に声をかけて来ればよかった。
いや、私がいなくなってホッとしただろうか…。
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