第8章 episode.8 熱
飲み込めない状況に、「えっ?」と何度声に出したかわからない。
自分の唇に手を添えて、固まっていた。
しばらくお互い黙り込んでいたけれど…
最初に沈黙を破ったのはシュウさんの方だった。
「…悪かった。君は日本人だから慣れないよな。深い意味はない。気にしないでくれ」
と言いながら立ち上がる。
そして、何事もなかったかのような顔をして、「そろそろ帰ろうか」と続ける。
えっと…?
それはつまり…
キスなんて挨拶程度だろう、と言いたいのかしら…?
「…シュウさん、あの…」
本当に、深い意味はないんですか?
そう…聞きたかったけれど。
見上げた彼の表情はどう見ても普通で、いつも通りのシュウさんで…。
本当に深い意味はなく、本当に気まぐれで誰にでもする軽いスキンシップだったのだと…納得させられてしまう程だった。
…実際そういう文化があるのかどうかは知らないけども。
まあ、映画やテレビで得た程度の知識だけど…日本よりは軽いスキンシップのイメージ…ではあるから。
多分…嘘ではないのかもしれない。
「…びっくりしました。日本人には無闇にしないほうがいいと思います。そういう文化ないですから…」
「ああ。そうだな。すっかり忘れていた。悪い」
シュウさんはそう言いながら、私に背中を向けて。うちの方に向かって歩き始めた。
慌てて着いて行く。
うちまでの道のりは…お互い何も話さなかった。
つい一昨日、一緒に買い物に出かけた時には…沈黙が苦じゃないと思ったけれど。
今はなんだか気まずく感じて。
たった3分程度の距離が、やけに長く感じた帰り道だった。