第7章 episode.7 壊れた鍵
「アンソニーさんのうっかりで、シュウさんがしゅういちさんってことは知りましたけど」
「ああ…」
「どんな字を書くのかな、って。」
「字…?」
「はい。名前の響き的に、きっと漢字があるんだろうなって思ったら気になって…止まらなくて。色んな漢字の組み合わせを考えました」
えへへ、と笑いながら…彼女は片手にコーヒーを持ったまま、もう片方の手でスマホを操作してから。
メモ帳のような画面を俺に見せてきた。
本当に沢山の漢字が並んでいる。
「いつの間にこんな」
「シュウさんがお仕事に行ってる間です」
つまり…俺がいない間も俺のことを考えていた、と。
急に、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
彼女は、俺の個人情報を無理に聞き出そうとしているわけではない。純粋な興味。俺を知りたいという気持ち…なんだろう。
無理にあれこれと尋ねてこない。
深く踏み込みすぎることはしない。ただ、ほんのちょっとでいい。知りたい。そんな彼女の可愛らしい興味心は、俺の心の鍵を壊すには十分だった。
…数日前の俺だったら、教える必要がないことと考えて、答えていなかっただろうがな。
惚れた弱み、というやつだろうか。
「手のひらを出せ」
「え?…っと。…はい。」
俺の声かけに、彼女は素直にスマホを膝の上に置いて。そして手のひらを上にし、俺に差し出した。
小さな手のひら。
「目を閉じて」
「…はい」
首を傾げながら、彼女は瞼を閉じた。
そっと、俺は彼女の手の平に左手を伸ばす。
右側に座る彼女に向けて左手を伸ばしたので、自然と体が密着してしまうが。
「いいか、一度しか教えんからな。これでわからなかったらお預けだ」
「えっ?」
さらに困惑したような表情を浮かべた彼女の手のひらの上に、指でゆっくりと文字を書く。
秀一、と…書き終えて。
彼女の表情を見ると、目を閉じていてもわかる。
キラキラと嬉しそうに微笑んでいた。
…どうやら画数の少ない俺の名は、目を閉じていてもわかったらしい。
「…秀一…さん。シュウさんにぴったりですね」
そう、小さく微笑んでいた。