第9章 episode.9 君が好きだよ。
止まれない。
頭の片隅には、冷静な俺が警告を出していた。
それ以上はダメだ。早く離れろ。そんな寝ている隙をつくような真似をして得たものが嬉しいか?幸せと呼べるのか?一時の夢だ、虚しいだけだ。やめておけ、と…。
そんな…冷静な自分と、欲にまみれた本能が戦っていた時。
ヴー、ヴー、と腰もとでスマホが振動した。
その振動に、現実に戻されたような感覚で、慌ててハッと彼女から離れる。
「…はぁっ、俺は…何を…」
ユリが無防備に眠るベッドの横に立ちすくんで、バクバクと跳ねる心臓を押さえるように、胸を摩った。
何も気付いていない様子でスヤスヤと寝ているユリを見ていると…とても居た堪れない気持ちになった。
サッと視線を逸らした。
すぐ様寝室を出て、着信を告げるスマホを手にして。
「俺だ」
動揺する心を押し込めるようにして、通話に出た。
誰から電話か確認する前に出た時点で、動揺は隠しきれなかったが。
『シュウ!ターゲットが動いた!』
電話の相手はアンソニーだった。
…仕事だ。正直、今の俺には助かる。
また暴走していた心を止めてくれたこと。珍しくアンソニーに心の中で盛大に感謝をした。
「…すぐに向かう。ポイントを送ってくれ」
『おう。急げよ』
「わかってる」
相変わらず治らない心臓の鼓動を誤魔化しながら、俺はセーフハウスを出て乱暴に車に乗り込んだ。
「ふううぅ…」
エンジンをかける前に、ハンドルに頭を預けて深く息をついた。
…これで諦めるから、と思い…したことが…
「くそ…、なんだこれ…」
全くの逆効果だ。更に俺の想いを膨らませるだけになり、言いようのない焦りが生まれた。