第1章 episode.1 重なる偶然
スーツケースの横にあるベンチには、膝を抱えて蹲る小さな身体。
冬の冷えた空気を凌ぐには…些か足りないだろう、薄手のコートに包まるようにしていた。
まあ、土地勘がないとな。
ワシントンがこんなに冷えるとは思わなかったのだろう。
「はぁ…」
忘れていたはずの十数時間前の出来事を、鮮明に思い出した。
仕方ない。
このまま放って置けるほど冷酷な人間ではない。
少し話もして、名前は知らないものの、彼女とは僅かだが面識もある。
それから。初めての海外だと言っていた。
右も左も分からない日本人を…そのままにはできないと思ってしまった。
他意は、なかった。
「hey」
車を路上に停め、駆け寄りながら声を掛ける。
すると、ベンチで蹲っていた小さな体が…ゆっくりと顔を上げた。
目元が真っ赤だな。
…泣いていたのか?
「え…っ、あ、…あなたは…」
俺を視界に収めて、次第に丸々と見開かれた大きな瞳。
「偶然だな。」
「えっ…あ、あのっ…」
「どうした。こんな所で。彼氏と連絡がつかないのか?」
確か、アメリカに海外赴任している彼氏に会いに、サプライズで来ていると言っていたはず。
事前連絡をしていない分、会うタイミングがうまくいっていないのだろうか。
「……じ、実は…」
彼女はズッシリと落ち込んだ顔をして、俯きながら呟いた。
「………ふ、振られ…ました…」
「…ハァ?」
思わず、素っ頓狂な声が出る。