第7章 episode.7 壊れた鍵
数時間経った頃だった。
ふたたびコンコン、とノックの音が書斎の扉に響いた。
おそらくユリだろう。
PCに向き合って、仕事に没頭していたが、手を止めずに視線だけを書斎の扉に向けた。
「…どうした」
扉を開けるでなく、そのまま声だけで応える。
彼女の細い声がドア越しに聞こえた。
『あの…シュウさん…』
ユリは少し戸惑ったように口篭ってから。
『…えっと、パン屋さんに行きたくて。外出しますね。一応、外に出る時は伝える約束だったと思うので…それだけ言いに来ました。』
…声がいつも以上に遠慮がちだな。
おそらく、俺の態度の変化に気付いていて、それでも勇気を出して声をかけに来たんだろう。
…悪いことをしたな。
決して君と気まずくなりたかった訳ではない。
お互いのために距離を置きたかっただけなんだがな…。
だが…仕方がない。
こちらが感情を抑えるだけだ。
彼女は何も…
悪くないのだから。
「5分ほど待ってくれ。俺もいく」
そう言いながら俺は立ち上がる。
彼女は、びっくりしたような声を上げた。
『えっ…!い、一緒に行ってくれるんですか?』
返事は返さずに、俺は書斎の扉に向かう。
扉を開けると、驚いたような表情をしたユリが俺を見上げた。
目をパチクリと見開いている。
…久しぶりに目を合わせた気がした。
「言葉が通じなくて不安だから、行くのをやめたと言っていたパン屋に行くんだろう?」
「は、はい…」
「心配だから着いていく」
そう言いながら、ポン、と彼女の頭を撫でた。
つい、触れてしまう…。
そして、その都度彼女の温かさに心を揺さぶられる。
「あ、ありがとうございます…?」
不思議そうに首を傾げた彼女を廊下に置いて、俺はベランダまで向かった。
寒空の下、タバコに火をつけて、ふう、と深く息をつく。
…そういえば。
彼女がここに来るまでは遠慮なく室内でタバコを吸っていたんだがな。
いつの間に…こんなに彼女を思っていたんだろうな。