第7章 episode.7 壊れた鍵
「…悪い」
ポツリと呟きながら、俺はソファの端に腰掛ける。
そしてそのまま、眠りについたままの彼女に顔を近付けて…。
小さな唇に指を滑らせて…
それから、ただ重ねるだけのキスをした。
柔らかな感覚。
ほんのりと伝わる体温。
キスなんて、軽いスキンシップ。
挨拶でもすることがあるくらいだ。
そんなに重たいものだと考えたことはなかったが…
こんなに胸が締め付けられるような感覚がすることだったか。
こんな、触れるだけの僅かなものが…。
心を跳ねさせるものだっただろうか。
ゆっくりと唇を離して、彼女の安らかな寝顔を再び見つめる。
…愛おしい…な。
「…ハァ。」
つい、重いため息をついた。
なんてことだ。
32にもなって…今更。
本当に人を好きになるとはこういうことかと思い知った。
考えてみれば、これまで外見の好みから始まるか、相手の気持ちからなんとなく始まることが多かった。
それは、裏を返せば俺から本気で惚れて始まったことはなかったということになる。
外見や、持ち合わせているスキルとかではなく。
仕事の都合上でもない。
きっと俺は、彼女の心に惹かれていったんだろう。
強さもあり、弱さもある…その心。
つい護りたくなる。
自然に滲み出る、相手への気遣い。
そして、一途に人を大切にする姿。
花のような笑顔。
理由を挙げたらいくらでも出てきそうだ。
…数日後には彼女とは別れだというのに。
お互いの為にも…
気付かない方が幸せだったろうに。
「参ったな…」
思わず手のひらで己の顔を覆って、何度目かもわからない深いため息をついた。