第6章 episode.6 キスなんて
カチ、カチ、と壁掛け時計の針が動く音をBGMに、私はリビングのソファで膝を抱えて1人ボンヤリとしていた。
シュウさんからされたこと、その意味。それから彼に聞きたいこと、知りたいことが頭の中を巡って。
なんだか眠れそうになくて。
ベッドに行くのは諦めて、眠気が襲ってくるのをボンヤリと待っていた。
昨夜に引き続き、スマホで本を読んだりしていたんだけど。
なんだか集中できなくて…内容が頭に入ってこないのでやめた。
退屈な時間。
何度も時計を見上げてはため息をついた。
「…シュウさん、また朝に帰ってくるのかな」
1人だと、独り言が増えるわね。
アメリカに来て、到着した日を含めるともう4日経った。
そんな中、日本にいる時から、かた時も忘れたことはない相手がいる。
それは、大切な彼氏…いや、大切だった“もと”彼氏のこと。
大好きだったから。
大学で知り合い、卒業する頃に交際が始まった彼とは、5年ものお付き合いだった。
社会人になってからの大変な時期を一緒に支え合って乗り越えたり。お互いに結婚を視野に入れて同棲した一年があったり…。
その後、アメリカに彼が転勤になって。
…ぶつかり合ったこともあったけれど、それでも心から想い合っていたと思う。
本当に色々な思い出がある。
そんな彼のことを…考えない時なんてなかった。
こちらに来てフラれてからも、ふと彼のことばかり考えてしまっていたのに。
だけども今日、私は彼のことを一切考えていなかった。
頭の中にあったのは…
元彼ではなく…
シュウさんだった。
頭に浮かぶのは、鋭いグリーンの瞳。
普段は無表情か、ちょっと怖い顔なのに。時々見せる優しい微笑み。綺麗な寝顔。
それから私に触れる、大きな手の温かさ。優しい触れ方。
それらが真っ先に頭に浮かんで。
衝撃だったのは…元彼に名を呼ばれる声が曖昧になっていて…
鮮明に思い出すのは、重低音で独特なあの声で呼ばれる「ユリ」という声の方だったこと。
それはきっと、やっぱり一緒に暮らしているから、自然とシュウさんのことばかり考えるからだと思うし。
お国柄なのか、何か特別な意味があるのか…少しスキンシップの距離感が近いシュウさんに、無駄にドキドキさせられてるからだとは…思う。
(決して彼に惹かれてる、とかではない…はず。)