第1章 episode.1 重なる偶然
「1人で初めての海外は不安だろう」
隣を歩く女性をチラリと見下ろしながら、そう声をかけた。
「…はい。あ、でも。着いたら彼がいるので、不安なのは行きと帰りの飛行機の中くらいで」
「向こうに着いたら入国審査もあるぞ」
「えっ、あ、そうですよね…確かに。今のうちになんて言えばいいかとか…調べとかなきゃ、ですよね!」
…そんなことを話しているうちに、手荷物カウンターに辿り着く。
手荷物カウンターは無人で。
最新の機械で預けるということを知って、どうしたらいいかわからないと言わんばかりに慌て始めた女性を見て、結局俺は…手荷物を預け切るまで手伝ってやった。
最後に、手ぶらになった彼女がぺこりと頭を下げて。
「本当にありがとうございました。すごく助かりました。親切なお兄さんに出会えてよかったです」
「はは。なに。偶然行き先も一緒だった、これも何かの縁だ。気にするな」
到着したら、彼に荷物を持ってもらうんだぞ。また転がって逃げていくからな。なんて言葉で軽く笑い合って。
彼女とは別れて。
俺はチェックインカウンターに向かった。
流石に飛行機の中でも隣同士…なんてコミックのような偶然は起きず。
ワシントン行きの機内で一眠りしている間に、俺はすっかりその女性のことを忘れた。
そもそも…整った顔立ちではあったが、綺麗と言うより可愛らしい印象。少女のような顔立ちだった。
俺の好みとは真逆の女性だったから。
気になる女性として印象に残ることはなかった。
お互い名前すら知らない。
赤いスーツケースの女性とは、これで終いだと思っていた。