第1章 episode.1 重なる偶然
スロープを登ろうとする小柄な後ろ姿。
これではまた同じことを繰り返すぞ。
俺は思わず、手を離したばかりのスーツケースに再び手を伸ばした。
彼女の手を退けるようにぐいっと自分の手を捻じ込み、そしてスーツケースの取手を持った。
「えっ」
途端、女性がびっくりしたように声を上げて俺を見上げる。
「あっ、あの」
「どこの便だ。手荷物カウンターまで運んでやる」
「い、いやあのっ…いいんですか?」
「ああ。俺もチェックインカウンターに向かっているから方向は同じだ」
ありがとうございます、とペコリと頭を下げて、彼女はホッとしたように微笑んだ。
「えっと…航空会社は〇〇航空の、ワシントン行きでして…」
と言いながら、彼女は手元のカバンから航空券を取り出して見ながら話す。
「ほぉ。奇遇だな。俺もワシントンへ行く」
「えー!そうなんですか!偶然ですね!何時の便ですか?」
「俺が乗るのは756便だ。」
「えっ、同じ便です!!」
こんな偶然もあるものなんだな。
って、まあ…そうは言っても。ただ乗る飛行機が一緒だったというだけなんだけどな。
手荷物カウンターに向かうまでは、少し距離があったので、少し話しながら向かった。
「アメリカへは旅行か何か?」
「いえ、向こうに彼がいるんです。3年前に海外転勤になって…それから遠距離恋愛になっちゃって。年に一度彼が里帰りした時しか会えないから…。」
「ほぅ…それは寂しいな」
「はい。なので、溜まった有給を消化して、彼にはサプライズで会いに行こうと思ってまして」
えへへ、と少し照れたように微笑みながら、女性は恋人を思い浮かべるような仕草をした。
…恋する女性は何とか、って言うけど…。
確かにな。キラキラと輝いて美しい笑顔だった。
「海外なんて初めてで、何を持っていけばいいかわからなくて…アレもこれも詰めていたらこんな大荷物になってしまって」
なるほどな。
それでこの大荷物か。