第5章 episode.5 悪夢に勝てる日は来るのか
目元に触れていた手を、するりと動かして。
顔の向きをを固定するように、頬に手を添えて。
「こちらを見ろ」
ユリは…恐る恐る、俺と目線を合わせた。
いつになく元気のない表情。
彼女は俺の鋭い視線に降参したように口を開いた。
「…またうなされたらと思うと怖くて…寝付けなくて。とりあえず温かいお茶飲んだり…スマホで本を読んで…いまし…た。」
そう聞いて、俺は心配な気持ちだけではなく他の感情も抱いていた。
自分でもびっくりするが。
”俺がいないと夜も眠れない”という事実に、少し喜んでいる自分がいて。
…なんだ。何故嬉しい?喜ぶ要素なんて1ミリもないだろう。
普段の俺なら、「面倒だ」と思っていてもおかしくないと言うのに。
一体自分はどうしてしまったんだ…
「…寝室に行ってろ。俺もシャワー浴びたらすぐに行くから」
慌てて、俺は彼女から手を離して書斎に向かった。
ライフルバックを置いて、ふう、と息を吐く。
昨日あたりからおかしな自分。
何故おかしいのかすら、理解できない…
少し動揺した気持ちを落ち着かせるように、シャワーを済ませて。
俺はそっと寝室の扉を開いた。
俺に言われた通り、きちんとユリが居て。
彼女はベッドに横になっていた。
掛け布団から顔をのぞかせて、弱々しく潤んだ瞳が俺を捉える。
「…悪夢が怖いか?」
俺の問いかけに、彼女はコクリと小さく頷く。
そんなユリの横になるベッドに、俺はゆっくりと入り込む。
もう、同じベッドで眠るのが当たり前のようだな。彼女も当然のように、ベッドの半分を空けて俺を待っていた。
「寝よう。きっと寝られるさ」
「…はい」
すっかり夜は開けてしまったが、カーテンを締め切っているので薄暗い空間。
俺は仕事で疲れているのでこのまま眠れそうだが…。
隣で布団から目を覗かせて、先程から俺の動きを追っている視線はパチクリと元気そうだった。
顔色は悪いし、疲れ切ったような表情なんだが。
目だけ冴えてるような、そんな雰囲気だ。
そっと、そんな目元に手を伸ばす。
するり、するりと、何度か目元をなぞって。
彼女はくすぐったかったのか、目を細める。
そのまま流れるように髪に手を伸ばした。
しなやかな細い毛並みをゆっくりと撫で続けた。