第1章 episode.1 重なる偶然
翌日。
空港のロビーを歩いていた俺に、それは突然訪れた。
ゴロゴロゴロゴロ…
「ぎゃああああ!!!だれかー!とめてーーー!!!」
何だか騒がしいな、と振り返ってみれば。
坂道になっているスロープを、大きくて真っ赤なスーツケースが猛スピードで下っていた。
どんどんスピードを増していくスーツケースに、周囲は止めるどころか避けていく。
…小さな子供やお年寄りにでも当たったら大怪我だぞ。
俺はとっさに脚を伸ばしていた。
ドガッ!
鈍い音を立てて、スーツケースは俺の足にぶつかり減速する。
そこを手で押さえて引き留めた。
…しかしデカい荷物だな。
相当長いバカンスか?なんて思いながらスーツケースがまた転がっていかないよう押さえていれば…
持ち主だろう、女性が駆け寄ってくる。
「すみませーんっ…!」
小柄で、20代くらいの若い女性だった。
「いや…。こちらこそすまない。君の荷物、止める為とは言え思い切り足蹴にしてしまった」
言いつつ、俺はスーツケースを女性に手渡す。
彼女はぜいぜいと荒げる息を整えながら、ぺこりと頭を下げた。
「いえっ、そんな…だ、大丈夫ですっ、とにかく止めていただいてありがとうございます!助かりました…」
「ああ…しかしこんな重たい荷物、大丈夫か?運べるか?」
そもそもここまでどうやって運んだんだ…
かなり重たいぞ。
小柄な女性は、見る限り150㎝程しか背丈もなく、全体的に骨が細く華奢で。
なんだか不安になる。
「…はい、大丈夫です…本当にありがとうございました。」
女性は、手にしたスーツケースを両手で持って、そして力でぐっと押すように運びはじめた。
それから向かっているのは、先程スーツケースが転げ落ちてきた坂になっているスロープ。
…きっと、先程もそこを登ろうとして思わず手を離してしまったんだろうな。
「…ハァ。」
見ていられないな。
思わず深くため息をついた。