第1章 episode.1 重なる偶然
「…やっぱり相手、ありきですよね」
そう、降谷くんが呟いた。
「それはそうだろう。そりゃあ、俺だって。仕事を忘れてしまうくらい、恋焦がれる女がいれば…結婚だって考えたかもしれんがな。生憎、この有様だ。」
そういって、自分の周りをぐるりと視線で見る。
ごちゃついた捜査資料。報告書。
汚いデスク周り。
他のデスクを見ても、2〜3日は平気で風呂に入っていなさそうなFBIの男ばかりがパソコンと睨めっこしている。
こんな泥臭い中にいる俺に、そんな出会いなんてあるわけも無い。
俺の言いたいことがわかったのか、降谷君も部屋中を見渡してからフッと苦笑いを溢した。
「…公安も同じようなもんです。」
「そうだろう。お互い苦労するな」
「あはは。まあ。でも…そういうの関係なく、赤井は結婚とかしたいって思いますか…?」
「…そうだな。まあ…いつかはな。母親から急かされてもいるしな」
「赤井が?」
「ああ。いい加減好い人の1人や2人連れて来いって。孫が見たいだのなんだの言い出したよ」
「へー。意外です」
俺は…3兄妹の長男。
弟にも妹にもしばらくその気はなさそうだからな。
(まあ、弟の方は結婚までの壁を自分で分厚くしてしまっただけのようだが)
「あ、そうだ」
「?」
降谷君が、何かを思い出したかのようにあっと声を上げる。
「そう言えば。さっきスターリング捜査官が探していましたよ。アメリカ行きの航空券の申請がどうたら…って。戻るんです?」
「ん?ああ…明日な。2週間ばかり、あちらでの業務があってな」
「ふーん。」
お気をつけて、と言いながら去っていく背中を見送って。
俺は缶コーヒーを飲み干した。
…さて。
明日からはアメリカに戻る。
戻ると言っても2週間程度の予定だが。
こんなデスクワークばかりに追われている場合ではない。
あの組織意外にも、世の中には沢山の悪がいて。
FBIも、移り変わる標的を追い続ける。
それだけのこと。
何も変わらない日常。
いつものようにミッションをこなして。
いつものように、ライフルバック片手に…闇を進む。
そんな生き様には、とうぶん…
結婚や子供、なんて言葉は無縁だな。
我ながら苦笑いをこぼした。