第3章 episode.3 やさしい世界
帰宅する頃には、すっかり空は真っ暗になっていた。
まあ…冬は暗くなるのが早いからな。
そっと、玄関の扉を開ければ。
リビングの方からトコトコと足音が聞こえてくる。
そして、だんだんと大きくなる足音とともに…
「お帰りなさいっ」
高めのトーンの声が廊下に響いた。
そして、笑顔で俺に駆け寄ってくる、エプロン姿のユリ。
エプロンなんか持ってきていたのか…。と思いつつ。
「ああ……ただいま。」
と。くすぐったいような…帰宅の挨拶を返す。
俺の返事に、彼女はパアっと表情を明るくして…
「う~~っ…!日本語ッ!」
と…。感動したように言った。
「…なんだ?どうしたんだ」
「いや…なんかですね。昼間に教えていただいたスーパーに買い物に行ったんですけど、迷子になっちゃって」
ん…?地図アプリにピンまで立てて、場所を教えてやったのだから、ナビをすれば迷うことはないだろう。
徒歩5分の距離だぞ…?難しい経路ではなかったはずだが…。
とは思いつつ。
「それで…?」
「えっと。周りの人や、店の人に身振り手振りでどうにか伝えて帰ってはこられたんですが…町中に日本語が一つも無くて…本当、心細くって…ここに帰って、テレビをつけても家中の物も全部英語でチンプンカンプンだし…」
「なるほど」
それで、数時間とは言え、久々に聞いた俺の日本語が相当嬉しかったんだな。
「あ~、ほんと…シュウさんが日本語ペラペラで嬉しい…拾われてよかったです…」
「大袈裟だな」
ユリは…本当に俺と話せるのが嬉しいようで、俺の後ろを歩きながらペラペラと今日の出来事を話してきた。
そのお陰で、食事の支度以外にも、色々と家事をしてくれたことを知った。
洗濯をする際、洗剤と柔軟剤の区別もつかなかった、とか。
家電もどう扱っていいか分からず、調べながら進めたせいで、結局一日中家事に費やしただとか。
近所に美味しそうなパン屋を見つけたが、どうにも言葉が通じない事で勇気が出ずに買いに行けなかった…など。
なんとも平和な話題だろう。こちらまでウッカリ平和ぼけしてしまいそうな程だった。
俺は上着や身の回りを片付けながら彼女の話を聞いていたが…書斎にライフルバックを置きに向かったときは、気を遣って「あ、お料理温めてきます!」といってユリは側を離れる。