第1章 episode.1 重なる偶然
「赤井。あーかーい」
警視庁のとあるフロア。
組織壊滅に関わる、各局捜査官が集められたオフィスがある場所。
日本に滞在中は大抵ここにいる。
そして…大抵、彼がいる。
「…バーボン」
「うわ。やめてくださいよコードネームで呼ぶの」
かつて命のやり取りをする程恨まれていたあの頃から一変。
今ではスッカリ。
彼とは戦友と呼ぶべきか…いや、いい友人となっていた。
「すまん。ぼーっとしていて、つい一番呼び慣れた名をな」
俺は資料をまとめながらいつの間にかボーッとしていたらしい。
バーボン…いや、降谷君が俺のデスクに缶コーヒーを置くまで、彼が近付いて来ていることに気が付かなかった。
ありがとう、と小さく礼を告げて手に取る。
缶コーヒーの温かさが手のひらに染み入った。
「考え事ですか」
「…いや、逆だな。ボンヤリしていた」
「疲れているんじゃないですか」
「そうだな。最近疲れが取れにくい」
そう言いながら、コーヒーを飲んだ。
程よい苦味と、缶コーヒーらしい浅い酸味が喉を通り抜けていく。
「…赤井っていくつでしたっけ」
「なぜだ?」
降谷君はジーッと俺の顔を見て。
そして俺の隣の空いた席に腰掛けながら言う。
「いや…なんていうかすいません。結構いい歳、ですよねと思って。疲れ切った顔をしていると老けて見えますよ」
「失礼だな」
「だからすいません、って最初に謝りました」
そう言いながら、ニヤリと笑みを浮かべる降谷君は…童顔なのもあってか、羨ましいくらいに若々しいな。
「32だよ。」
「32…か。そろそろ結婚、とか…しないんですか?」
降谷君は、そろそろ30になることもあってか、いよいよ身を固めるべきだと周囲からお見合い話がひっきりなしに出てうんざりしていると言っていた。
そんな彼の口から結婚の話題が出るとは思っていなかった。
「珍しいな、君がそんな話をするとは。」
「…いや、30代になったら流石に僕もそういうことを考えるのかなーって思って。3つ年上の方のお話が気になりまして」
「俺は参考にはならんよ。愛だの恋だのはここ最近てんで無縁でね」
別に結婚願望がないわけでも、特定の女性を愛する時間を持ちたくないと思っているわけでもない。
今は純粋に、燃えるような想いを抱く相手に出会えていないというだけで。