• テキストサイズ

キューピッドはスーツケース【赤井秀一】

第3章 episode.3  やさしい世界





朝食を終えて、一服をしてから。

俺は書斎に置いていたライフルバッグを背負って玄関に向かう。
書斎を出た辺りから、もれなく着いてくるトコトコと歩く小さな足音。
子猫にでも懐かれてしまったような気持ちだった。



「じゃあ、行ってくる。買い物に出る時は、戸締りをしっかりな。合鍵、なくすなよ」
「はーい。気を付けて、いってらっしゃい」

手を振りながら玄関で見送ってくれるユリ。

まるで家族ができたかのような…むず痒くて不思議な感覚を覚えた。
玄関を出て、扉が閉まる前にチラリと振り返る。

相変わらず笑顔で見送る彼女が、俺と目が合った瞬間にふと何かを思い出したような顔をして。

「あっ、シュウさんっ」

慌てて俺を引き止めた。

「ん?」
「あの、トマトかクリームかデミグラスのソースだったら、どれが好きですか?」
「……え?」

あまりに呑気な質問に、思わずポカンと立ち尽くす。

…俺が今からどんな仕事に向かうかも知らずに、彼女は。
やはり…平和でやさしい世界しか知らないようだな。
この背に背負っているものが何なのか知ったら、君はどう思うんだろうな。
まさか、人の命を一瞬で奪えるライフルが入っているだなんて…夢にも思っていないんだろうな。

だが。今は…

「強いて言えば…クリームソースだな。」

平和でしあわせな彼女の世界を崩したくは…ないからな。
俺もまるでその世界の人間にでもなったような気持ちになって、そう答えた。
思わず、俺の思う一番やさしい味を選びながら。


「クリーム!わかりました!」

今夜のメニューでも考えているんだろう。
嬉しそうに笑う笑顔に、小さく手を振って。
俺はセーフハウスを後にした。


/ 102ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp