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キューピッドはスーツケース【赤井秀一】

第1章 episode.1  重なる偶然





勢いで連れて帰ってしまった…

そう、多少の後悔もしつつ…

俺のセーフハウスのソファに腰掛け、俯いたまま何も話さない彼女を見つめた。

俯いた顔から、ポタリ、と時々涙が溢れては、手にしたハンカチで拭っていた。


…しばらくは放っておいた方がよさそうだな。

彼女の涙が落ち着いてから話を聞いてやろう。

俺は一先ずベランダに出て一服をする。
ふう…とタバコの煙を吐き出して…移動や仕事で疲れた身体からふっと力を抜いた。



しばらく懐かしい夜の街並みを眺めてから、リビングに戻る。
彼女は相変わらず俯いたままだった。

キッチンに移動して、コーヒーを淹れる。
このセーフハウスで2人分の飲み物を準備するなんて久しぶりだな。なんて思いつつ。




「…そろそろ落ち着いたか」

声を掛けながら、コトリ、と音を立てて彼女の前のテーブルにコーヒーを置く。

そっと顔を上げて、目の前のマグカップに視線を向けた彼女は小さく頷いた。

「…すみません」
「いや。…ミルクと砂糖がないんだ。すまない、ブラック飲めるか」

予定外の来客を見越して用意なんてしてないもんでな。

「…はい。…ありがとうございます。」

ゆっくりと彼女はコーヒーに手を伸ばす。
そんな姿を眺めながら、俺もテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛けてコーヒーを飲んだ。

「名前は?」
「……あ、立花…ユリです。」
「…立花…。呼びやすい方がいいから、ファーストネームで呼んでも?」
「あ、はい。大丈夫です。」
「ユリ、俺の名は……。」

言いかけて口篭る。
こんな通りすがりの相手にわざわざフルネームを教えてやる必要はない。元より、立場上簡単に教えてやるつもりもないがな。

「シュウだ。」
「シュウ…さん?」
「ああ。そう呼んでくれ。ところで君はいつ日本に帰るんだ?」
「えっと…10日後のお昼頃の便で帰る予定………でした…」
「でした?予定を変えるのか?」

彼女は俺の言葉を受けて、眉根を寄せて困った顔をした。

「いや…こんな状況ですし。ここにいる意味もなくなりましたし…観光、と言う気分にもなれないし…」

そう言って再び俯いてしまった。


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