第8章 はち
…目を覚ますと、見慣れた天井でなんだか既視感を覚える。
無茶でもしたのかと他人事に思ったわけは、主が大粒の涙を溜めた瞳で俺を見つめているからかもしれない。
「………じ?」
うまく声をだせないのは、声帯に大きな損傷でもしたからかと、自己分析したものの、どうやら違うようだ。喉に痛みなどない。
身体中が暖かくて、この優しい霊力に包まれてるのは悪くない気分だった。
「鶴さん、痛いとこない?」
瞳に溜めた一粒すら溢さず、声を振るわせないように振る舞っているのが痛々しい。
「…あぁ」
「そう、よかった………、安定帰ってくるよ、もうすぐ」
そんなに眠っていたのかと、自分でも驚いた。
「みんな心配してる。伽羅も、清光も」
「きみは?」
きみは心配じゃなかったのかと、そう尋ねれば溜めていた一粒が落ちる。
「馬鹿なの、心配に決まってるじゃん」
それならまぁいいかと、呑気に思う。
まだ寝ぼけているのかもしれない。
「………主」
「どうしたの、」
いじらしく、自分で涙を拭く主を見たら手を伸ばさずにいられなかった。
俺が触れると、肩が跳ねた。
「…主、」
傷つけたのは俺なのに、それがわかるのに、その涙のわけが俺であることが嬉しいと、どこか歪んでいるのかもしれない。
…なんて、誰かと同じようなことを言っているような気もする。
「きみは、俺が必要か?」
驚いたような顔。
「…」
「………でも、きみは、俺を置いていってしまっただろ」
その一言で、悲しみに染る。
責めているわけじゃないんだ。
「…違うな、俺が置いて来たのか。きみのことを」
酷く穏やかな気持ちだった。
「鶴」
先手を打つように、俺が先に言葉を紡ぐ。
「鶴丸だなんて、えらく他人行儀じゃないか……わかった、意地悪してるんだろ、…俺が、心配かけたから」
また一つ、涙を溢す。
「"国永"と、もう呼んでくれないのかい?…」
俺の頬に落ちた涙が、重力に耐えきれず堕ちていく。
あぁ、堕ちていく。
暖かいはずの涙が、俺の体温で冷めて冷たく。
まるであの日の雨みたいだと、俺はまた思った。
俺の記憶が、きみを傷つける。
俺の意図していないところで。
…それでも構わないか、傷になって一生残って仕舞えば。