第8章 はち
「ほら!言わんこっちゃないっっ」
「ふっ、…はははは」
2人のやりとりを見ていたら、なんか考え込んでたこともバカらしくて、思わず笑ってしまう。
ポカーンとした2人の顔がもう忘れられない。
「ありがと、元気出た」
「…主の笑顔に免じて、雲くんはそこ耕したら季語探し行ってもいいよ」
「いい、最後までやるから。抜け駆けさせるか」
ちょうどよく朝日も顔を出して、その日は1日雲一つない晴天だった。
畑仕事を終えて、汗を流す。
お腹が空くのを感じる、これが生きているということだと、大袈裟に感じてしまったのは、朝日の綺麗さに気づいてしまったからかもしれない。
どうせどこにも行かないし、めんどくさいし、と濡れた髪をそのままに洗面所を出る。
朝食だと呼びに来たのは珍しく鶴さんだった。
私を見て、呆れたように笑う。
「そんな薄着で、髪も濡らしたままで、風邪を引いたらどうするんだ」
そんなの鶴さんに関係ないでしょ?
なんて、浮かんだ言葉は絶対に使わない。
「ひかないよ、今日の日差しは暖かいから」
驚いたのは、あんなことを言われた後で、普通に接してくれていること。
鶴さんは逃げると思った、今までそうしてきたみたいに。
…逃げるというのは、大袈裟かもしれないけど。
「待ってろ」
許可もしてないのに、私の部屋に勝手に入って、タオルとドライヤーを持ってくる。
なんて言い方は棘があるか。
鶴さんは私に触れるとき、まるで壊れ物を扱うように、優しく触る。
まるで私が鶴さんの大切なもののようだと、そう言われてるような感覚がするほど。
大切な事に変わりはないのかもしれないけど、鶴さんの心を奪う子と比べたらもしかしたら月とスッポンなんじゃないかと、分かってはいるのに。
「これくらいでいいか」
「ありがと」
「いや、どうってことない」
「ねぇ、鶴さん」
「ん?」
「今日、畑仕事をしてきたの」
「みたいだな、桑名が喜んでいた」
「うん。…それで、私の視野が狭かったのかもしれないって気づいた」
「そうか」
「だからね、……だから、視野を広げなきゃって」
「そうだな」
「だから、もういいよ。鶴さん、」
「何が」
「私といる時の鶴さん、辛そうだから。辛いなら無理しなくていいよ。昔みたいに無理に探したりしない」