第1章 いち
身を清めてからじゃないと会えないような、高貴な奴なのか。
あるいは…。
「…随分、手慣れているな」
「え?…あぁ」
風呂に入りさっぱりした後、風呂の間は話しかけて来なかった巴の声に少し驚く。
「俺は、初めて風呂に入った時少し戸惑った。使い方もよくわからない故」
…やってしまったと思った。
別に隠すつもりはなかったが。
「そうか?見よう見まねだ」
ついで出て来た言葉に、我ながら感心する。
息を吐くように、こんな簡単に"嘘"が出るなんて。
「器用なのだな」
「かもしれないな。よく言うだろ、見て盗めってさ」
あながち、嘘でもないか。
「鶴丸は凄いな」
「…君の方が凄いさ。俺は今日、君の足元にも及ばなかった」
「それは」
「あぁ、慰めてくれって言うわけじゃないんだ。俺は今日顕現したばかりだし、こうあって当然。明日はもっとマシにできるだろ」
「…そうだな」
用意されていた服に着替えた後、巴に続く。
「ここが、大広間だ。食事はなるべく皆で、これもこの本丸の約束事だ」
「随分決まりがあるんだな」
「初めが肝心だからな」
「そういうもんか」
「そういうものだ。それでは鶴丸、ここの障子を開けてくれないか?」
「先に報告はいいのか」
「いいのだ。食事の後、戦果の報告がある」
「それも決まりかい?」
「…まぁ、そうだな」
「わかった。じゃあ、開けるぜ」
障子に手をかけた時、異様な静けさに俺は少し嫌な予感がした。
少し手が震えるのが分かった。
「…っ、」
「鶴丸、どうしたのだ?」
巴、気付かないのか?
脳裏に浮かんだのは、血に塗れ俺を恨んだように見る顔。
こんなもの、見慣れてるはずなのに。
こんなことに動揺している自分に、俺自身が1番驚いている。
「…くそっ、」
「どうしたのだ?」
意思とは反対に、障子にかけた手がだらんと下がる。
「刀を握りすぎたか?」
「…そう、みたいだ。情けないな」
心配そうにこちらを見る巴に笑って誤魔化す。
これは俺の痛みで情けない部分で、この本丸の誰にも関係ないことだ。
「何、力はいらない。こうやって、スッとひくんだ」
俺の脇から伸びて来た手が、なんともないようにその障子を開ける。
ぱんぱんと弾ける音に、情けなく顔を逸らした。