第1章 いち
「ようこそ!鶴丸!!」
弾けた音の後、加州の声が響く。
…敵兵じゃ、なかった。
安堵している自分に呆れる。
本来それを疑うのであれば、刀を構えなくてはいけない状況だったはずなのに、腑抜けている。
顔を晒すなんて、そんなんじゃ何も守れない。
奥歯を噛み締め、俯きそうになるのを耐える。
「鶴丸?どうしたの、具合悪い?」
障子の1番近くにいた加州がそっと俺に問いかける。
ハッとして、顔を上げれば何振か見慣れた顔。
見たことない奴もいるが、大抵俺は知っている。
「あぁ、いや。なんでもない、驚いただけさ」
加州にそっと返事をする。
「へへっ、そっか。それならいいんだ、疲れてるかもしれないけど、付き合ってもらうよ、今日はあんたの歓迎会なんだから!」
バーンっと手を広げた加州が満面の笑みを浮かべる。
目の前に並ぶ、豪勢な料理に今更気づく。
「凄いな」
「でしょ!みんなで準備したから。巴もありがとう」
「俺はなにも」
「ふふ。じゃあ、巴は先座ってくれる?」
「そうしよう」
巴は慣れたように、一つ空いた席に座る。
「さ、自己紹介でもしてもらおうかなーっと。その前に主だね」
「あぁ」
「主」
加州が呼びかけると、その脚の傍からひょっと顔を出す、まだ小さな子供。
…子供?
「主、自己紹介しよっか」
そっと加州が背中を押す。
俺は無意識に、その身長に合わせるようしゃがんでいた。
「こ、こんにちは」
一言言って、加州の脚にしがみつくように顔を晒す。
「ごめんね、まだ人見知り中みたい。ほら、主練習したでしょ」
「きよ」
「うん、大丈夫だよ。鶴丸いい奴だから」
諭すように言った加州に勇気づけられたのか、少し硬い笑顔で俺に笑いかける。
…あぁ、"きみ"なんだな。
"きみ"が、主なんだな。
目を合わせた時、凛と鈴の音のようなものがなって、静寂が訪れる。
自分の心音だけが、強く聞こえた。
「つる、ちゃ…さ、」
少し舌ったらずで、俺の呼び名を探っている。
…あぁ、そうか。
…でも。
"きみ"は覚えていないんだな。
その事実が、俺を冷静にさせた。
「鶴丸国永だ」
"よろしく"なんて、言えない。
きみはまた、俺の手をすり抜けて行くんだろうから…ー