第1章 いち
『この酒、うまいな』
『うん。俺お酒そんなに得意じゃないんだけど、これなら飲めるんだ』
『へぇ』
『雨さんが、前に遠征でお土産に。2人でたまに飲むんだ』
『いい酒だな』
『うん。ちびちび2人で飲むんだけど、まだ無くならない。酒豪の奴らには内緒にしてね、俺がこのお酒隠してること』
『アイツら底なしだもんな』
『うん。…このお酒の瓶が、空になる頃にはこの戦も終わればいいって…言っちゃいけないのわかってるんだけど』
『そしたら、俺たちもお役御免だな』
『怒る?』
『…そうなったらいいと、俺も思うぜ』
『もっと飲む?』
『いや、お前たちの酒だろ。ご馳走様』
…なぁ、村雲。
ごめんな。
『鶴さん?』
『ん?』
戦なんて、なくならないよ。
俺は、何度お前が望んだその後の世界を、夢見て来たか。
いったい何人の仲間を、命を、取りこぼして来たか。
『村雲、帰って来たみたいだぜ。夜戦連中』
『…わ、わんっ』
『ここは片付けておく。行って来たらどうだ』
『ごめん、ありがとう!』
『おう』
雨はしばらく降り続いた。
…梅雨に入ったせいだと思っていた。
『鶴さんっ、主が!!』
早朝、急くような呼び声で飛び起きた。
近侍であった長谷部が泣き崩れた姿を俺は初めて見た。
『これは、どういうことだ』
血に塗れた顔。
『敵襲では、ないだろ?』
『あぁ、そうだな。…病のせいだ』
薬研がことの経緯を説明する。
『元々、強いお人じゃなかったんだ。降り続いていた雨も、大将の霊力が不安定だったからだ』
『…そう、か』
病は、初めてだったな。
こんなパターンは。
『遺言書も預かってる。この本丸は解体になるそうだ。1人ずつ主と別れの時間を持とうと思う。顕現順で新しい奴から』
俺は何番目に呼ばれたっけ。
『次は鶴丸の旦那だ。俺っちは席を外しておく。別れが済んだら出て来てくれ』
障子の閉まる音を聞いて、俺は初めて…本当にこの時初めて、"今の主"に触れた。
ずっと怖くて、距離を置いていたから。
『すまない、…』
冷たく、白くなった主。
俺が亡骸にきちんと触れたのは、この戦いが始まって"2度目"だと気がついた。
1度目以降、途中で物語が終わるから。
…俺はまた、"政府の刀"になった。