第11章 じゅういち
「"国永"と」
俯いた君が、数秒あけて白々しく言う。
「そんな呼び方したことあったっけ?」
「…」
「覚えて無いなぁ。たしか、鶴丸って呼んでたはずだけど」
そんな顔、するようになったんだな。
いや、そんな顔させたのは俺か。
きみが5歳としを重ねる間に、人は20年の月日を要する。
20年も経てば、普通の人間はいい大人だ。
「もう、俺は必要ないか?」
「…鶴さんは意地悪だ」
きみが、俺に背を向ける。
「"私"が、あの時国永を護ったのは、折れて欲しくなかったから。
私でもわかるよ、それが最善だった。もし反対だったら、あなたが折れてしまったら、私は…彼女はきっとあなたを追ってた」
「…俺なら、きみの後を追わないと?」
「実際、追わなかったでしょ。それでよかった」
「どうして、そう思った」
「彼女の気持ちに気づかないフリをしてたから」
「っ、」
どきりとした。
邂逅の中でも、きみはそんなこと気づくそぶりも見せなかったのに。
「お見送りの時、私変なこと言っちゃって、しかもちゃんと最後まで伝えなかったのは卑怯だなって」
「俺が遮ったからだろう?」
「違うよ。…あなたのせいじゃない」
「主?」
ぐんっと上を向き、そのあと振り向いたきみの顔が俺の心に染み付く。
「あの時、若かったから。思い出してすぐだったし。
私にしたら5年、でも時間で言えば20年。…だから、分かるよ。
みんなにしたらまだまだだけど、大人になったの。これでも」
「…あぁ」
「あなたを彼女に盗られたくなかった」
きみがこれから何を言おうとしてるのか、俺には想像もつかない。
「物と、人、…あなたは神様で、私はただの人間。…ううん、人間でもないのかも、こんな歳のとりかた。相入れ無い存在。交わっちゃいけないもの。
…大丈夫、ちゃんとこなすよ。これからも」
「何が言いたい?」
「…着替えてきたら?みんなあなたがここに帰ってくるの、心待ちにしてた。私が引き留めたからだけど、」
綺麗で完璧な笑顔だった。
突きようが無いほどの。
まるで、鉄でできた仮面のような。
「大将〜」
「かくれんぼしてるの。信濃の声聞こえた、行かないと」
「え?あ、ちょっ」
掴もうとした腕が、すり抜ける。
すぐに姿が見えなくなる。