第8章 はち
「海、今年は行こうね」
主の言葉にうなづかなかった。
「連隊戦編成に組んでくれるなら、いくらでも見れるな」
うまく誤魔化したと思った。
加州の後釜で、近侍を自分にして欲しいと頼んだのは他でもない俺だ。
それなら、ちゃんとこなさなくてはな。
「主ー」
話の途中、主を呼びに来たのはお世話係。
この本丸の体制が他の本丸と違うのは、近侍とお世話係が別にあることで、だからこそ主は近侍は加州が戻るまで欠番にしようと思うと提案したんだろうと、考えなくてもわかる。
「呼ばれた、行ってこないと」
「演練だったな」
「うん」
「気をつけてな。こっちは片付けておく」
「ありがとう。鶴さんが近侍になってくれて助かってる」
支度をして部屋を出た主。
編成の類は加州が粗方決めてくれていたこともあり、近侍としての仕事も書類に目を通して判を押すくらいで、意外とやることが少ない。
まぁそれも、加州が先を見越して片付けておいてくれたからだと思うが。
自由に閲覧していいと主が言っていたから、送られてきた加州の手紙を見る。
なんとも加州らしい文体に微笑ましくなる。
畏まらなくていいのかよ、なんて。
違うな、そう言うことじゃないか。
俺が他の主に出した手紙はどんなだったか、もう思い出せないな。
随分と前だ。
折り線に合わせて折って、そっと元の場所に戻す。
俺が今修行に出たとして、主にどんな手紙を残すのか。
修行先もそうだが、俺はどうあっても俺だから、同じような内容なのか。
だとしたら、まっさらな気持ちで出せるのは届けることができなかった三通目だけかと、どうして俺はガッカリしてるんだろうか。
…って、これじゃあまるで修行に出たいみたいじゃないか。
まぁ、強くなることを望まないわけではないが。
「修行ね…」
終わりが近づく音がする。
強くなりたい思いと、強さだけを純粋に求めた後に残る絶望を天秤にかけなくても答えは出るのに。
俺にはまだやはり無理そうだ。
主だって、まだこれからだ。
人の倍生きていたとしても、まだ若い。
「主さま!文が届きま…あれ?鶴丸国永だけですか?」
「こんのすけ、…あぁ。今演練に行っている」
主が帰ってくる前に届いた三通目。
加州、君はいいな。
心底羨ましいよ。