第8章 はち
「寂しかったのは俺だったみたいだ」
「え?」
「今までの非にならないくらいの酷い言葉で、彼女を遠ざけようと思った。
…でも、顔見たら無理だった。彼女の成長に言葉を失ったよ。……長くあるって言うのも考えものだな。成長の速さについていけない」
思い出したのは昨日の主の表情。
「面影も何も、俺はちゃんとあの子を想ってたらしい。いつも気づくのが遅くなる。
…でも、今回はちょうどよかった」
「ちょうどいい?」
「俺の狡さに染まる前に、主が俺を思い出にしてくれたから。説教付きでな」
「説教?」
「人間と遊ぶ前に、服を買いに行ったことあっただろ。加州と乱が主を着せ替え人形にしてた日。
あの日俺は無難なわんぴーすをすすめたんだ、今どきなんて分からんしな。着物ならまだしも、洋服なんて」
「あぁ」
「主は真っ白いふわふわのわんぴーすを手にして、俺に聞いたんだ。似合う?って、…予防線を張って、こんなんばっかりだよ、俺は」
「うん」
「主の為に作られたんじゃないかって思うくらい似合っててさ、それが俺の色でさ、舞い上がりそうなくらい嬉しかったのに、怖くなったんだ。
汚れるだろ、白は。そんなの、あの子に似合う訳ないんだ。彼女が何かによって、汚されるのを見たくないって本気で思ったんだよ。
だから、無難を選んだんだ。…それがダメだと。俺みたいだから選んだってことを汲んで欲しかったって」
おにぎりを一つ頬張る。
「すまん、塩を使いすぎたみたいだ」
「ほんとだよ、涙出る」
「絡んだ糸を解けないほど、俺は不器用じゃないと思ったんだがな。自分のことは見えないもんだな」
大きく握ったのに、3口で食べ終わる。
「まぁ、でも。切ればよかったんだ、刀だしな」
「あっけないね、それは」
「そうか?また紡ぎ直せば同じことだ」
「…………うし、飯も食ったし、鍛錬もしたし。…行くか」
「付いてくか?」
「あのね、お兄ちゃんムーブしていいのは俺なの。鶴丸じゃ役に足らないよ。末っ子が」
「今の末っ子は道誉一文字だと記憶しているが?」
「ふっ、末っ子って柄じゃないでしょ」
「おかしいな」
「仲間も増えたね」
「そうだな」
「やっぱり、俺も強くならなきゃな」
「あぁ」
稽古場を片付ける。
出ていく加州の背中は頼もしかった、俺よりもずっと。