第4章 Peace of mind【桜井 景和/タイクーン】
「この距離であの声量なんだから、聞こうとしなくても聞こえる」
恥ずかしい……。
羞恥に俯く景和に、彼女がチュッと頬へ口づけを落とす。
「わたしも幸せだよ。景和」
イタズラっぽい笑みから柔らかな笑みへと表情を変える彼女に、景和は朝から幸福感が溢れて止まらなかった。
* * *
彼女は同じ会社の先輩で、景和の教育担当だ。彼女の方が1つ年下だが、職場では1年先輩である。
冷やかされるのが嫌で、つき合っていることも、同棲していることも内緒にしており、家を出る時間もずらしている。
この2人だけの秘密というのも、なんだかドキドキしていいな、と密かに思っていた。
「そういえばさ、新しいプロジェクトのリーダーを任されるって聞いたんだけど」
トーストを齧りながら言うと、彼女が手を止めた。
それに気づかないまま、景和は続ける。
「すごいよね。入社して1年でプロジェクトのリーダーって」
「まぁ、異例の抜擢ではあるみたいだけど」
どこか歯切れの悪い彼女の台詞。スープに口をつける彼女の様子も、どこかぎこちない。
「……何かあった?」
違和感に尋ねてみると、彼女は「景和……」と頼りない瞳を向けてきた。
けれど、一向にそれ以上 口を開かない。