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七十二候

第38章 鴻雁来(こうがんきたる)


 レッスンの帰り。遅めのランチを駅前のビルのレストランで済ませ、本屋で栄養学の本を購入した。
 早く読みたいがために早くちょっとだけ早歩きで自宅へ戻っている途中、ふと目をやると民家の庭に桜が咲いていた。私は二度見して驚いた。
 庭の手入れをしていたその家の住人が私の様子を見ていたようで、「その桜は十月桜というんですよ」と教えてくれた。秋と春に年2回も花を咲かせるらしい。私は十月桜の写真を撮らせてもらった。
 ちょうど昨日、徹からアルゼンチンも桜が咲いたとメッセージを貰っていた。地球の裏側のアルゼンチンは今が春なのだ。季節が真逆の場所で暮らす私たちでも同じ花を同じタイミングで見て分かち合えることに喜びを感じていた。
 自宅へ戻り、休憩と称してコーヒーを淹れ、パラパラと購入した本を眺める。
 栄養については何となくの知識しかないし、食べ合わせについては考えたことがなかったし、食事が自分の身体を作っていることを深く考えていなかった。何となく、そうなんだろうなとは思っていたけど、忙しいときは、なるべくすぐに食べ終えられるようなものでいいとも思っていた。もちろん、美味しいものを食べて死にたいと思うくらいには食べることは好きだ。
 アスリートの彼女としてこの考えは改めなくてはならないと改めて反省した。アスリートの奥さんとなった女子アナやタレントは結婚後に栄養を学んでいることはよくテレビで耳にする話だ。
 将来私が徹と結婚し、徹を支える未来を想像してみるものの、生活の舞台がどのなのか、おぼろげで想像することは難しかった。でも、きっとこれから、何十年後か、もしかしたら一緒に暮らせるかもしれない。可能性は低いかもしれないけど。そのときに栄養管理ができるくらいにはならないとな、と不確かな未来を想った。

 音楽はなくても生きていける。バレーボールも同様だ。だけど誰かの心の栄養にはなると思っている。心の栄養を与えられるような人になるために、私は自分の身体をしっかり管理しなくてはならない。

 夜になり、十月桜の写真を徹に送った。驚いてくれるといいな。本来、桜は年に一回の特別なものだけど、十月桜は年二回のボーナスのようで嬉しい。十月桜が日本中たくさん咲いていたらいいのにと思った。
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