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七十二候

第36章 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)


 先日の打ち上げには、なんとぬーぼーもいた。都内のオーケストラで活動をしているぬーぼーを、会釈くらいはしたことがあるし、一方的に知ってはいたが、話すのは初めてだった。
「鵜沼さん、はじめまして」とかしこまって挨拶をしたが、「ぬーぼーって呼んでね」と自らあだ名呼びを提案してくれるくらい、気さくでいい人そうだった。
 そんなぬーぼーから連絡が入った。
「クラリネットアンサンブル団体を作りたいんだけど、萌ちゃんもどう?」

 正直、私に声をかけてもらえて嬉しい反面、迷いもあった。贅沢な悩みなのだろうか。
 音楽の世界は閉鎖的であり、実力もさることながらオーディションのあるものは別として、コネがなけれな基本的に仕事もない。芸大の就職率は10%を切る。現に、私も留学という道を取ったくらいだ。
 大学時代、留学時代は遊ばずにひたすら練習に明け暮れてきた。そこまで苦労して勝ち得たプロの道。自分からチャンスは掴むべきなのだ。
 そんな中、アンサンブルをしよう、というのは本当にありがたい話。動画サイトに演奏動画を投稿したりSNSを配信したり、ファンが増えてきた暁には全国各地でリサイタルを開く予定と、精力的に活動していく方針なのだそうだ。
 正直、すべてをこなすほど器用ではない。中途半端な気持ちで手を出したら仲間に迷惑をかけてしまう。

 何よりも、徹のことが頭を過ってしまったのだ。アンサンブルも吹奏楽も、学生への指導も、音楽でご飯を食べるために必要な仕事はいくらあってもいいのに、まだ未解決な徹との今後のことが引っかかっているのだ。
 少し考えさせて、と回答してその場をやり過ごしてしまった。


 10月に入って安定して気持ちの良い気候となってきたため、冷たい麺でなく、しっかりとお米を欲するようになってきた。食欲の秋というのは本当かもしれない。
 今日は12月のリサイタルに向けて、伴奏の初合わせをした。まゆから紹介された前田くんという同い年の男の子とこの日初顔合わせとなった。
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