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七十二候

第35章 雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)


 コンクール会場には見知った人がたくさんいた。高校生のときに私も出場したジュニアコンクールで1位だった男の子もいた。名前は鵜沼くん。通称、ぬーぼーだ。特に友人でもなくあだ名で呼び合う仲ではないけど、彼の周りの人が彼をそう呼んでいたから、私も心の中でそう呼んでいるに過ぎない。
 また、18歳と若くして出場する人がいて少し警戒してしまった。よほどの才能とそれに見合った努力をしているのだろう。でも、私もたくさんの経験をしてきた。昔お父さんが言っていた、大人にならないと手に入れられない表現の深みは、きっと少しは身についた。
 控室でただただ集中をする。徹がサーブ前に集中をしていた姿を思い浮かべる。いいイメージを途切れさせないように。
 余計なことを何も考えないようにし、私は予選へ臨んだ。


 どうにか、3日目の3次予選に進むことができた。今日の審査曲は多い。1、2次予選はそれぞれ2曲ずつで、全てクラシック曲だったが、今日の3次予選では3曲を演奏する。そしてうち1曲は現代曲が入っていて、特殊奏法など多くのテクニックを要する。王道クラシックのようなメロディは皆無だが、俄然燃える。高校生最後の吹奏楽コンクールでのソロをきっかけに、特殊奏法だったり、怒りや傲慢さのような決して美しくはない感情の曲も取り組めるようになった。
 私は勝負の青いロングドレスを身にまとい、ステージへ上がった。

 ステージ上は孤独。わたし一人しかいないのだ。演奏会とは違った空気。コンクールの空気。あぁ、この緊張感、何度も経験しているけど、決して慣れることはない。
 だけど、今は経験と努力を根拠とした自信を身に着けた。徹。見ててね。今日は、今日も、聴衆に、審査員に音楽を届けるんだ。結果は、きっと後からついてくる。

 審査結果が貼りだされる時間となり、祈りながらその場所へ向かう。おそるおそる目をやると無事、私の出演番号がしっかりと会場に貼りだされていた。
 私は本選通過を果たした。安堵し肩の力がどっと抜ける。1週間に3本の本番は精神的にかなり毒だったが、無事に本選に進むことができ涙が出た。
 クラリネット部門の参加者は155名。本選に進めたのは5名だった。
 先生、音楽仲間や吹奏楽団の方々からお祝いメッセージをもらう。気分はすっかりお祝いムードだが、10月の本選をターゲットに、気持ちを新たに頑張ろうと思う。
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