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七十二候

第33章 鶺鴒鳴(せきれいなく)


「やだっ、重いから!」と言ったものの、徹は黙って私を抱えて連れていく。岩ちゃんも私の荷物を持ってついて来てくれた。
 そして徹の家に到着するなり徹のお母さんが慌てて体温計を私の脇にさす。38.5度だった。そのまま岩ちゃんにもジャージを借りたまま、徹と徹のお母さんに病院に連れて行かれた。
「萌ちゃんお金は?」
「家族カードがあります」
 診察後、そう言って会計を済ませた。診断はただの風邪だった。病院に着いた頃にはだんだんと喉の痛みや咳などの諸症状が出てきて、風邪が本格的となっていた。
 この日はお昼を残すくらいには倦怠感はあったけど、どうにかなると思ってしまった。早めに気がついていたら、学校や徹のスマホを借りて親に電話ができたのにそうしなかった結果、かえって多くの人に迷惑をかけてしまった。
 そのまま徹の家で親が帰ってくるまで寝かせてもらうことになった。

「徹、いいとこ見せなさいよ~」と徹のお母さんが徹を茶化す。風邪が移るからと断ったものの、徹は風邪をひかないし、傍にいた方が安心ということで徹の部屋に布団を敷いてもらい、徹の部屋着を借りて休むことになった。
 具合の悪さよりも恥ずかしさでいっぱいだった。徹の部屋着は大きくて、サイズが全く合っていなかったのもドキドキして照れた。
 
「なんかあったら言ってね。ゆっくり寝て」
 徹は私の頭を撫でる。トン、トン……と心地の良いリズムで。
 部屋着の柔軟剤の香りや、徹の匂い。そして心地よい徹の手。安心してだんだんと眠くなる。
「ごめんね。助かった……」
「ほんと、鍵とスマホには注意だよ」
 徹がいてくれることへ安心感を覚えて私は眠りについた。


 目が覚めると、7年後の現実の世界。夢を見ながら涙が出ていたことに気が付いた。
「寂しいな……」
 あのときみたいに徹がいてくれたらな。
 でも、どうにもならない。自分たちが選んだ道なのだから。
 だから、この気持ちを音楽に昇華させよう。そんなことしか私にはできない。
 クラスの離れていた中2から高2までですら話す機会も会う機会もそれなりにたくさんあったけど、高校を卒業して以降の今はそれ以下だ。気持ちは通じ合っていると信じているけど、気持ちを強く持っていないと押しつぶされそうだった。こんな後ろ向きな気持ちになるのは、きっと、熱があるからだ。
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