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七十二候

第33章 鶺鴒鳴(せきれいなく)


 及川と雨宮が付き合っている、と周囲にバレるのはすぐだった。徹の私への態度で丸わかりだったからだ。周囲の女子たちの反応が心配だったが、意外にもそこまで大きな反響はなかった。
 以前からクラスでも私に話しかけまくる徹と、困っている私、部活後も私を待っている及川(と付き合わされる岩泉)の構図はわりと周知されていたようだった。というよりも、これまでも明らかに徹が私に片思いをしていることが丸わかりだったらしい。
 今までビクビクしていた時間がもったいない。そしてまったく気が付かない自分がおめでたい奴だと思った。
 徹はバレても全く平気そうで、むしろニコニコと幸せそうにしていた。

 9月のこと。引退後に音楽室を使うのは気が引けたので、すっかり自宅で練習をする日々だった私は、放課後はまっすぐ家に帰っていた。そしてこの日は具合が悪かった。徹も気にしてくれたけど、そのときはまだ平気だったので、「大丈夫」と言った。
 すぐに寝よう……と家の玄関を開けようと鍵をカバンから取り出そうとしたが、見当たらない。しまった。家に置きっぱなしだった。親より先に家を出たから、家を出るときに鍵を閉めなかったのもあり気が付かなかった。頼りの親の帰りは23時過ぎると今朝聞いていた。
 ではスマホで親に連絡しよう、と思ったが、今日はこれも家に置きっぱなしだった。何をやっているんだ。ボケすぎている。自分の愚かさを呪った。
 徹の家にヘルプを求められないかとも考えたが、風邪かもしれないのに、人にわざわざ風邪を移しに行くのも気が引けた。ということで、自分で病院に行こうとしたが、すでに具合は最高潮に悪く歩けない。完全にピンチだった。
 自宅の玄関前でしゃがみ込む。寒い。関節が痛い。酷い倦怠感。心細くて不安だった。

 ずっと目を瞑って耐えていたが、やがて声をかけられた。
「萌? ちょっと!?」
 慌てた様子の徹と岩ちゃんだった。
「寒くて動けないの……鍵もスマホもない……」泣きそうな声で助けを求めた。
 徹はすぐに着ていた上のジャージを脱いで私に着せてくれた。岩ちゃんのジャージもされに上からかけてくれる。
「俺ん家行くからね? 歩ける?」
「……無理かも」
「わかった」
 徹は躊躇なく私は抱きかかえた。
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