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七十二候

第32章 草露白(くさのつゆしろし)


 目の前にあるやるべきことをこなしていく日々。気が付くと9月になっていた。とはいえ残暑は厳しいし、まだまだ半袖の服が活躍している。秋めいてくるのはもう少し先だろう。
 徹とのこれまでのことを思い出しては懐かしさで心が温かくなった。私たちが付き合い始めた翌日に、岩ちゃんに報告したときは「やっとか。バカ」とか「萌に言わせるなうんこ野郎」と悪口ながらも喜んでくれた。
 それからは幼馴染だったときの距離感からずいぶんと近くなった徹に戸惑っていた。それこそ人前ではいつも通りだったけど、二人のときは積極的に手を繋いでくれたり、ハグをしてくれたり。ずいぶん女の子の扱いに慣れているんだなと思ったけど、私にとっては新たな一面を知ることもできたし、少しずつ受け入れることができた。

 母に徹とのことを報告したのは、少し経ってからだった。朝、会社へ行こうとしていた母を呼び止めたものの、なかなか切り出せずにいた。
「じ、実は徹と……」
「付き合うことになった?」
「え?」
 なんと母はお見通しだった。
「萌が誰かと付き合うなら、徹くんでしょう。それに、最近なんだか表情が明るいし、いいことあったのかなーって」
 母は嬉しそうに笑った。ほらね、と言わんばかりに。
「なんで分かったの?」
「いやいや、徹くんが萌を好きなの、バレバレよ。うちの子鈍感で本当にごめんなさいって、徹くんのお母さんとも話してたのよ」
「……うそ……」
 穴があったら入りたかった。私たちのことを親たちも見守っていたことが、手のかかる子どもみたいで恥ずかしかった。
 顔を真っ赤にしながら、「早く言ってよ!」と怒った。八つ当たりだった。


 今日は楽器を吹かずに過去の思い出の整理を優先させている私。実は昨日から再びのスランプに陥ったからだ。身体の調子も今ひとつ。
 一度目のスランプは高3の吹奏楽コンクール前のこと。あのときは徹に吹くことを止められ、気分転換に外へ連れて行ってもらった。
 今回は二度目のスランプである。フランス留学時代にも休まずに吹いていたことを徹に𠮟られた経験もあり、今回はさすがに楽器を吹くのを一旦休んだ。
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