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七十二候

第4章 虹始見(にじはじめてあらわる)


 原宿、渋谷、バレーボール部にとってのあこがれの地・東京体育館。それから建設中のスカイツリーを横目に、上野動物園を回る。互い部活にレッスンに忙しくしていたため、幼馴染で丸一日遊んだのはかなり久しぶりだった。

 やがて陽が落ち黄昏が空を包む。私はまもなく夜を迎えるこの空の色が好きだった。そんな一日の中でも特別な空を、徹と岩ちゃんと眺められたのはちょっと幸せだと思えた。  
 私が最後に連れて来られたのは、芸大だった。レンガの門。都心なのに公園や美術館のあるエリアで落ち着いた雰囲気。威厳ある正門を目の当たりにして、ここで音楽が学べたら幸せだろうと思った。

「再来年の春、萌はここに行くんだろ?」
 徹がにこっと微笑んで見せた。
「うん……行けたらいいなとは思うけど、私に行けるかどうか」
「自信持てよ! 萌は行ける!」
 岩ちゃんと徹がバシっと私の背中を叩いた。
「いたっ!」
「闘魂注入だ!」
 岩ちゃんの手が離れる。だけど徹は私の背中に手を当て続け、パワーを送ってくれた。
「徹、長いよ」
 徹を見上げると目が合う。優しい目。いつもはだいたいヘラヘラしてるのに、こういうときの徹は本当に優しい。じんわりと背中に温もりが伝わる。私はつい黙って下を向いた。
 徹に背中を押されながら、次のコンクールはもっといい演奏をしてみせる、そしてこの大学に入って、いずれプロになって活躍してみせる、とレンガの門に心の中で誓った。


 ――そうだ、この曲を動画サイトにアップしてみようかな。
 自分の演奏はまだ未熟だと思い、これまでは自分の演奏を公開することは避けてきた。だけど、私は今年からプロと名乗る。自分の音楽を聴いてもらいファンを増やすためにも、動画の投稿は必須だと考えていた。もちろん今も音楽の勉強が足りているわけではないけど。
 私を多くの人に知ってもらうチャンスを掴むと同時にお世話になった人に贈る曲。いい譜面がないかネットで検索をかけたところ、人気曲は譜面が豊富だ。中でも一番アレンジが良さそうな譜面を難なくネットで譜面を入手し、ピアノ伴奏を大学時代の友人であるまゆに頼んだ。
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