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七十二候

第4章 虹始見(にじはじめてあらわる)


 倍率100倍を超えたオーディションは奇跡的に合格し、アルゼンチンの徹と、アスレティックトレーナーを目指すべく、アメリカに渡った岩ちゃんに連絡を入れる。時差を考えて20時すぎに。
 私は楽器可である自宅でクラリネットの練習をし、相も変わらずあの曲を聴いて歌詞について考えていた。私は結構ハマると長いタイプだ。
 徹とは別れてはいないが、進展のない停滞した関係……だと思う。むしろ高校のときと違って会えない関係なのだから、後退していないだけマシかもしれない。
 だけどフランス留学以降、連絡頻度は大学のときよりは格段に減っていた。帰化をしてますます前へ進んでいく徹が眩しかった。だから私も早く一人前になって追いつきたかった。前に進み続ける徹に迷惑はかけたくないから、弱音は基本的に吐かない。徹を困らせるような甘えたことは言ってはいけないと思った。だけど、たまに声を聴くと安心するし、結局はたくさん励まされてきた。

 お茶を飲もうと机に置いたコップに手をかけた瞬間、スマホにメッセージ受信の通知が入る。徹からだ。
「おめでとう! プロ第一歩の夢が叶ったね。何かお祝いしたいんだけど、欲しいものある?」
「ありがと! お祝いなんていらないよ。もし、もっといいことがあったら、そのときお祝いしてよ」
「わかった。じゃあとりあえず誕生日プレゼントは楽しみにしてて。じゃあ、練習行ってくるね」

 メッセージを見て、嬉しさで反射的に笑顔になる。私がこうして音楽で食べていけるようになれるのは、半分は徹のおかげだ。むしろ、徹に恩返しがしたい。どんな形で返そうか。
 立て続けに岩ちゃんからも「おめでとう! お祝い何がいい?」とメッセージを貰った。ふたりとも、本当に最高のわたしの幼馴染だ。岩ちゃんは私のことをいつも気にかけてくれて、同い年なのにお兄ちゃんのようだ。


 高2のときにジュニア部門のクラリネットコンクールで2位となった。あのときも、ふたりの幼馴染はわざわざ東京まで駆けつけて応援してくれた。
 1位ではなくて全く満足していなかった私を励ましてくれたふたりは、私のためにコンクール翌日に東京観光を企画してくれた。夜、ひとりで泣きはらして目が腫れた状態で東京の街を歩いたのは悔やまれた。
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