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七十二候

第26章 涼風至(すづかぜいたる)


 父は特段楽器を吹いている人ではなく普通の会社員だ。だけど父も母も音楽が好きだった。

「ところで萌」
「なぁに?」
「東京の大学に行くということは、友達たち、岩ちゃんとか、徹くんの進路次第よっては離れ離れになることだから、今を大切にして過ごしてね」
 はっとした。何となく理解はしていたつもりだったけど、受験に受かった先のことはあまり考えないようにしていた。
「……うん。岩ちゃんは東京かもしれないって言ってたけど、徹は何か考えていそうなんだよね」
「寂しい?」と父は首を傾けて優しく聞く。
「うん、寂しいかも」
 私は持っていたフォークを置いて父を見て言った。
「でも絶対これからも仲の良い関係は続くと思ってる。幼馴染って特別でしょ? 徹はきっとバレーボールを続ける。そんな徹に張り合えるくらいクラリネット上手がくなりたいな」
「そうだね、納得いくまでやりなさい。じゃあ、改めて乾杯」
 父はワインで、私は炭酸水で乾杯をした。

 帰りの新幹線。父との楽しい時間とは裏腹に、ひとりになって冷静になった私は“最後”という言葉が脳内で反芻していた。悔いのない高校生活を、演奏をしなくてはならなかった。
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