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七十二候

第3章 鴻雁北(こうがんかえる)


 この曲……。
 今年の1月に行われた全国高校サッカーのテーマソング。この曲を知ったのは最近だ。
 2次オーディションの当日、私は早めに家を出て、池袋のカフェで今日演奏する課題曲の最終確認をしていたところ、BGMとして流れるこの曲に心を奪われた。歌詞が私の心をつかんだ。この応援ソングが頑張って来た自分の姿、そして徹の姿と自然と重なってしまう。

 成功も挫折もたくさん経験してきたけど、挫けることも、がむしゃらに生きることも素晴らしい日々。全部私のこと。

 どうか、徹も岩ちゃんも、そして私も。経験してきたことすべてを糧にして、その先に輝かしい未来がありますように。

 自然と涙が流れてしまった私は、早々に課題曲の譜面をカバンにしまい、トイレでメイクを直し、会場へ向かう。ちょっと目も鼻も赤いけど、きっとすぐに元に戻るだろう。
 この曲は何度聴いても泣けてくる。私の情緒はどうかしているのだろうか。いや、そのくらいこの曲が素晴らしいのだ。
 そんなにこの曲が好きなら、帰ったらクラリネットで演奏してみようかな。
 クラリネットだと歌詞がない分、曲の良さが伝わる演奏をしなくてはならない。ちゃんと吹けるようになったら徹にも聴かせたい。ちゃんと伝わるといいな。

 この曲の歌詞の内容をあの時に理解していたら、私はもっと徹に何かしてあげられたのかもしれない。


 高3で同じクラスになってから、徹は私に積極的に話しかけてくれた。それまでの隔たりを埋めるように。「今年、吹奏楽コンクールでは何を演奏するの?」とか「新入部員は何人入ったの?」「どこの音大を目指すの?」とか。いかんせん、席まで隣になってしまったので、話しかけられたら即座に答えるしかなかった。
 だけど私は学校では徹へ積極的に話しかけなかった。いつも受け身で、周りに気を遣って。
 でも勇気を出して、学校の休み時間に疑問に思ったことを聞いた。
「なんで、そんなに学校でも気にかけてくれるの?家でも聞けるのに」
「だって俺たち幼馴染でしょ?今までは学校では話しかけないほうが萌のためなのかなって思ってたけど……。もう高3だし上級生はいないわけだし、とやかく言う人はいないかな~って。てか、そんな奴がいたら俺と岩ちゃんが懲らしめてやるから」
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