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七十二候

第17章 乃東枯(なつかれくさかるる)


 梅雨の晴れ間で青空が鮮やかな日。音楽コンクールのエントリーを完了させ、午後からは教えている高校の定期演奏会へ、他の楽器のトレーナー陣と向かった。3年生は集大成の演奏会。
 開場してから本ベルが鳴るまでの間、私は演奏会のパンフレット眺めたり、談笑しながら、自身の思い出の定期演奏会を懐かしんでいた。


 6月の日曜日。私にも3年間の集大成となる定期演奏会があった。1年生とは出会って2か月で臨む演奏会。緊張している子、不安そうな子、ワクワクしている子、いろんな表情が見られた。
「青城サウンドを届けよう。今日もお客さんが喜んでくれるように」
 舞台裏で部員たちに呼びかける。そして一丸となったところで全員とステージへ上がった。客席はほぼ満席。
 王道のクラシックステージや、ダンスあり演出ありのポップスステージで盛り上がり、そして3年生だけで演奏する小編成は青春時代の終わりを感じさせられて、思わずこみ上げてくるものがあった。
 苦楽を共にした同期たち。みんな逞しくなったし楽器もうまくなった。引退はこの先の吹奏楽コンクールだけど、演奏会は最後。泣きながら演奏する子もいて、わたしももらい泣きしそうになる。
 そして、わたしのソロ曲。いつもレッスンで練習しているようなクラシックではなく私はチャップリンの映画で演奏されていた「スマイル」を選んだ。大昔の曲だ。

 笑顔でいよう、心が痛くても。笑顔でいよう、心が傷ついたとしても。そうすればきっと人生はまだまだ捨てたもんじゃないと気付くよ。
 そういった歌詞の内容。我ながら渋い選曲だ。
 クラシックや難しい曲を演奏してテクニックを披露することも素敵だけど、私はそれよりも音楽を通してメッセージを送りたかった。傲慢かもしれないけど。
 私は小さいころから音楽が好きだった。なにより音楽で心を動かされることに感動したし、そういうことができる人になりたいと思っていた。
 きっかけははっきりとは覚えてないけど、幼稚園入園前くらいに買ってもらったトイピアノを、デタラメだったとは思うけど、私が弾くと家族が喜んでくれた。歌を歌うと喜んでくれた。それが嬉しかっただけ。とても些細なことだ。
 クラリネットは中学校で出会った。新入生歓迎会で吹奏楽部の演奏を聴いて、初めてピアノ以外の楽器を間近に見て、感動したのを覚えている。
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