• テキストサイズ

七十二候

第17章 乃東枯(なつかれくさかるる)


 いつか徹や岩ちゃんとバレーボールができたらいいなとも思っていたけど、吹奏楽とクラリネットに出会ってしまった。徹と岩ちゃんは私が一緒にバレーボールをやらないことを残念に思ったようだけど、「バレーは徹と岩ちゃんがプレイしている姿を応援したい」と素直に伝えた。

 定期演奏会は両親も、クラスの友達も、徹と岩ちゃんも来てくれた。終演後、徹と岩ちゃんにお礼のメッセージを入れてから帰宅すると、徹が自宅に駆けつけてくれた。
「萌、良かったよ。お疲れ様」
「徹。ありがとう! いい演奏できたかな……」
「うん、今まで聞いた萌の演奏の中で一番すごいと思った」
 徹がまっすぐ私を見て言った。ちょっと真剣な表情。
「萌が個人練で居残っているときって、体育館にいると音楽室から萌の音が聞こえてくるんだよ。あーいろんな調で音階練習してるなーとか、今日は難しそうな曲やってるなーとか、めっちゃゆっくりから確認して吹いてるなーとか、ちょっと経つとすげー速く吹けるようになってるとか、全部聞いてた」
「え……? 全部?」
 私の音をそんなに細かく聞かれていたことにびっくりした。そんな話、聞いたことがなかった。
「今日の演奏はそれらの積み重ねの結果なんだと思う。萌が部長になって、部をまとめるのに苦労して、そういったものも全部ひっくるめて今日の演奏があった。いい演奏だったよ。感動した」

 徹はそう言うと、後ろ手に持っていた大きな花束を私に差し出した。淡いピンクのバラや白くて存在感のあるシャクヤク、淡い青色のデルフィニウムたち。色とりどりの鮮やかな花束は、まるでたくさんの想いを表すかのようだった。
 私はこのときどういう顔をしていたんだろう。徹の優しい目から目が離せなかったし、しばらく言葉にならなかった。言葉が詰まった。
「……ありがとう……嬉しい」
 かろうじて、かろうじて言葉に出せた。とにかく嬉しかった。なんだか救われた気がした。
「頑張ってよかった……」と安堵のようにつぶやいた。


「徹。もう休んでるかな。音楽コンクールにエントリーしたよ。それから、今日は教えてる高校の演奏会を聴いてきたよ。それで自分の高3の演奏会のことを思い出しちゃった。このとき聴きに来てくれた徹から言われた言葉に救われたなーと思い出していたよ」
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp